四次元で中原昌也

アレックス・ガーランド 『四次元立方体』からの引用をつなげて、中原昌也っぽくなるかという試み。
以前の同様の試みは下記リンク先にて。
kingfish.hatenablog.com

『背の高い草のなかに転がる頭蓋骨のように』

その部屋に明るい色はひとつもない。
「染み」と小声でつぶやいてみる。
「おれもやがては滅びゆく男。もう、過去になっちまった人間」
どんな具合に時間が過ぎたのかは思いだせない。それでも彼にしてみれば、とにかく過ぎたということだけで満足だった。
シーツについた血を見つめた。さび色の染み。
この部屋にはだれかが泊まっていた。拷問のテクニックに長け、おそらくそれを生業としていた。ねじが回る音。おそらく男はこう思ったにちがいない。ドアの向こうには、自分が見るべきでないものがある。

まったくおまえらときたら。
まったくおまえらときたら。

震えはなかなか止まらず、手先が不確かになり、裂け目は広がるばかりで、どうすることもできない状態になっていた。
黒犬が自分の家に飛びこみ、家族全員を食いつくそうとしている夢。
確固とした事実はない。あるのは手がかりだけ。
ホテルである男と待ちあわせをしている。そしてその男は、もうじきこの部屋にやってくる。
電話が鳴りだしたときの自分の表情を思いうかべることができた。あごを落とし、はっと息をのむ自分の顔。それがいまは、お守りのおかげですっかり落ちついている。つらいときには何度も助けられたと、彼女にお礼を言おうとも思っている。とても礼儀正しく、かといって気どらず、あたたかな気持で。
「あんな薄気味悪い歌詞。なんだよあれ、どんどん人が食べられてくなんて」
ここはまさに暗殺用のホテルであり、その事実は、血のついたシーツとからっぽの部屋から充分に推測できる。
「去年はそのホテルもとてもいいホテルだった。だが、わしの仕事仲間が言うには、いまでは崩れかけているらしいじゃないか」
部屋の前に現れた男たちのひとりは血だらけのシャツを着ていた。
「おまえは」と彼は言い、中指を突きたてた。「おれそのものだ」
恐怖の表情だ。他人の恐怖は目にすることがあっても、自分が恐れおののく表情はめったにお目にかかれない。興味をそそられた彼は、階段を上がってくる足音も無視して、鏡に身を乗りだした。

男がひとりいる。男のTシャツは、いつ見ても胸までめくれあがり、茶色い丸石のような腹があらわになっている。
なにもかもが奇妙だった。

まったくおまえらときたら。
まったくおまえらときたら。

おれはキッチンにある白いシンクのわきに立ってて、そこに父さんが外から入ってくる。外は暑い日で、父さんの手には、想像もつかないようなちっちゃな赤ん坊が握られてる。
「赤ん坊。赤ん坊をよこせ」
なぜか目がいくのは、その窓のせいだった。ガラスのないその窓。

「背の高い草のなかに転がる頭蓋骨のように」

タイトルの下には、太字で、自分自身に向けられた言葉が書かれていた。
「ぼうっと画面ばかり見つめてるな!とにかく書け」
「いつまでぐずぐずやってるんだ!とにかく書け」
まずは角から始めるんだ。それがやり方だ。

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あたりは花でいっぱいだった。それは木の上だけでなく、アスファルトにも散らばり、風のなかにも漂っていた。
死者は床の上に横たえられ、いたるところが血だらけになっていた。
滑るように動くいくつかの影。
窓という窓を黒く塗ったベンツ。
午前三時の潮に打ちあげられた、豚の死骸。
驚くほどの速さで目が潤み、涙が頬を伝った。
外にいる男は四つん這いになって、道路のまんなかにうずくまっていた。得体の知れない汚物が、服と体をぶ厚く覆い、きらきらと照り輝いている。
墓地の門で彼は死んだ。それは突然だった。
警官はリヴォルヴァーを引きぬき、猫を撃つ。猫がどくどく血を流して死んだあと、警官は車を出し、ゆっくり角を曲がって、懐かしいその通りのパトロールを開始する。そして1時間もしないうちに、自分の頭を撃ちぬく。

「ふたり死んだ。生きているのはあとふたり」