オー・ヘンリー最後の日

前日のつづき。
ヴァレンチノオー・ヘンリーを看取った医者にインタビューするマーガレット・ミッチェル

明日は明日の風が吹く―女はすべてスカーレット

明日は明日の風が吹く―女はすべてスカーレット

駆け落ちよ、さらば。

 無粋なジョージア州の議会が大失態をやらかした。結婚許可証をもらうのに、そのための申請書を五日間掲示することを、新しい法律で制定したのだ。
 もはや若者は、恋人の両親の厳しい管理の目をかいくぐって彼女を連れ出し、おんぼろのフォードで最寄りの治安判事のところに駆けつけることはできなくなった。(略)
 新しい法律は、焦って結婚して後悔する事態は防止できるかもしれないが、愛を心に誓って高揚している恋人たち、ヒステリーを起こしている花嫁の母親、激怒する父親、落ち着き払った治安判事などが登場する、さまざまな駆け落ちのドラマを消してしまったのだ。
(略)
 若い娘が、こっそり手に入れた結婚許可証を手に求婚に来た恋人のりりしさに我を忘れることももうない。
(略)
 何年もの間、ジョージア州は駆け落ち結婚の救世主的な存在だった。結婚許可証を出す前に数日間に及ぶ健康診断を要求するアラバマ州に住むカップルは、結婚するためにジョージア州を目指して駆け落ちしたものだった。

[大テコ町]
結婚許可証コレクションを見つけた彼氏が大激怒。どうしたらよいでしょう。

 「私は、未使用の結婚許可証のせいで完璧な婚約者を失いました」(略)
 「私は当時、すばらしい青年と婚約していました。(略)女の子がよくやるように、私は彼に、自分は婚約どころか恋をするのも初めてだと言っていました。もちろん、嘘です。二十歳にもなって婚約したことがない人なんていませんよ!
 私は、以前恋人たちが取ってきたものの、結局使わなかった結婚許可証を何枚かもっていました。そしてそれを、熱烈なラブレター数枚と一緒に鏡台の中にこっそりしまっていました。(略)
仲良しグループの女の子同士で、結婚許可証のコレクションをしていたんです。あるとき、彼が真新しい結婚許可証を手に真剣な面持ちでやって来て、『駆け落ちしてくれ』と言いました。
 もちろん私は彼を説得して思いとどまらせ、三枚目の結婚許可証を手に入れました。仲間内で一人だけ、結婚許可証を四枚もっている娘がいて、私は彼女の記録を抜きたくてたまらなかったんです。私はその結婚許可証を引き出しにしまって鍵をかけ、その鍵をソファのクッションの下に隠しておきました」
 「そんな折、私は盲腸になりました。(略)
[見舞いにも来なかった婚約者、回復して会うと大激怒していた]
彼は、私が死んだら家族が結婚許可証を見つけるのではないかと心配して、自分で破棄するつもりでこっそり私の引き出しを開けたんです。そこで、自分のとは別の二枚の結婚許可証を見つけてしまったんです、彼も怒っていましたけど、私のほうも、そんなふうにこそこそかぎ回るようなまねをする彼に愛想が尽きてしまいました」

ルドルフ・ヴァレンチノ

画面で見るよりも背が低く、ずんぐりして見えた。そして、年を取って疲れているように見えた。
 顔の色があまりに浅黒いために、対照的に白い歯が浮きたって見えた。その目は疲弊し、どんよりとしていたが、穏やかだった。
(略)
「よろしく」
 ああ、彼の声!これは彼の大きな魅力の一つだ。低くてハスキーで、柔らかな歯擦音のアクセント。
 「『シーク』はクズだ!『黙示録の四騎士』のほうがまだましたった。『血と砂』は好きだった。でもほかのはみんなだめだ、クズだ!」
(略)
 「失礼」
 耳元でハスキーな声が響いたと思った瞬間、彼が、映画のなかでアグネス・アイリスにしたように私を抱き上げ、窓を通らせてくれたのだ!
(略)
 彼にそっと床に降ろしてもらった私は、よろめきながら自分の足で立ち、ドキドキしている気持ちを表に出すべきなのか、あるいは「なんて失礼な!」と言うべきなのかで葛藤していた。
 結局は、顔を真っ赤にし、ヴァニティケースを落とし、それを拾おうとして靴のかかとでドレスの裾を踏んづけ、頭を思い切りヴァレンチノにぶつけてしまった、
 ルドルフ・ヴァレンチノは、腰をかがめて私の手を取り、このうえなく優雅にこう言った。
 「お会いできてよかった!」

最後のオー・ヘンリー

[所持金23セントのシドニー・ポーターという男]
かわいそうな一文なしの病人なのだろうと思いました。
(略)[だが偉大な人物のオーラが]
 彼には、どこかキラキラしたところがありました。ひどい病状であるにもかかわらず、その顔は表情豊かで、ユーモラスでした。普通の人間なら昏睡状態に陥るような状態なのに、意識はまるで剣のように鋭く冴え渡っているんです。
(略)
[かなり進行した肝硬変と腎炎と糖尿病、余命数日と穏便に告げようとすると](略)
 『気にしないでください、先生。全部わかってます。僕はもうすぐ死ぬ。別にそれでいいんです』彼はしばし沈黙し、また口を開きました。
 『怖くもありません。多分僕は死んだら、“いい人たち”が行くところに行くと思うんですよ』
(略)
彼は、いつも看護婦を笑わせていました。彼の冗談には、犬ですら笑ったかもしれません。(略)
[死後、メディアが病院に殺到した]男が、ミス・パートラン以外の誰にも看取られることなく死んでいったなんて不思議です。後でわかったのですが、彼は誰にも知られたくなかったんだそうです。
(略)
 私の知るかぎり、誰かに会いたがったり、伝言を残したりなどはまったくしませんでした。南部のどこかに奥さんと娘さんがいたはずなんてすが、彼女たちもまったく彼の病気のことを知らなかったようです。財産の処分などもまったくしませんでした。財産など何もないと言っていました。
 当時の彼の印税は相当な額だったはずなのに、なぜ一文なしで死なねばならなかったんだろう、と後々奇妙に思ったものです」
(略)
 『明るすぎて、目が痛いでしょう?』と彼女は言いました。
 『つけておいてください』
 彼はそう言うと、微笑んで、当時はやっていた歌の文句を口ずさみました。
 『暗い道を帰るのは怖いんだ』
 そして、心臓が止まりました。脳も肉体も同時に死にました。
(略)
 後に、私はミス・パートランから彼の話を聞きました。二人は同じ新聞社で働いていたそうです。彼女は、彼の人生、作品、投獄経験について語ってくれました。
 彼女の話を聞いて以来、私は彼の公金横領の罪は冤罪だったと信じています。彼には親友がいて、彼はどうやらその親友をかばっていたようです。彼はずっと、無罪を主張していました。でも、決して真犯人の名は明かさなかったんです。

クリーニング店主は見た

人間の衣服を預かるクリーニング店は、衣服の下に隠れたお客の本当の姿が見える場所だ。
(略)
 ドレスを抱えてむっつりとリムジンから降り立つ娘を見れば、「このドレス、もう三回も着たから皆に覚えられてしまったわ。グリーンに染めちゃいましょう」と考えているデビュタントであると見抜く。
 その娘の髪や瞳や肌の色を見てグリーンは似合わないと判断すれば、ミス・アーウィンは率直にそう告げる。それでも娘がグリーンに固執すれば、彼女は注文を受けない。
(略)
[引き取り手のない服を貧困者にあげる女店主]
 「ここに洋服をもらいに来る人のなかには、女性はほとんどいません。大半の女性は、施しを請うよりも飢えることを選ぶんです。私は同じ女性として誇らしく思いますね。男性よりも芯が強いんですよ。
 もちろん、女性だって助けを求めてやって来ますよ。でも彼女たちは必ず、代償としてここで働いたり、ガムや鉛筆や靴ひもと引き換えにしたりするんです。女性は誇り高いので、ただ施しを受けるなんてことはできないんですよ。
 男性はそうじゃありません。男性は平気でシャツをもらいに来るし、きちんとしたシャツさえあれば仕事につけると思ってるんですよ。だから、施しを受けることに何のためらいもないんです。そういう意味では、女性のほうが生きるのは大変かもしれませんねえ」
 ミス・アーウィンはしんみりと言った。
 「男性はゴミ箱の脇で寝て、朝になったら清潔なシャツやお金の施しを受けて、それでも仕事を見つけたら自尊心をもつことができるんです。でも女性にはそれはできません。一度ゴミ箱の脇で寝て、物乞いをしてしまったら終わりです。女性の誇りと自尊心の基盤は、男性とは違うところにあるんですよ。
(略)
 ある黒人の家族は、数年前まではかなりくたびれた洋服をもって来ていたんです。そのうち、洋服の数が増え始めて、だんだん質がよくなってくると同時に、親たちは髪がまっすぐになって見栄えがよくなってきましたよ。

1923年訪欧女性談

 「ドイツの経済はほとんど破綻しているわ。アメリカドルを見せれば、何でも買えるのよ。ドイツマルクの価値は、完全にアメリカドルを基盤にしているの。ドルが上がったり下がったりすると、それに伴ってドイツじゅうの物の値段が上がったり下がったりするのよ。
ドイツ紙幣は紙切れ同然よ。
 ドイツでは、何もかもが考えられないくらい安いのよ。ドレスも宝石も全部ね。