田宮二郎、壮絶!

一部を引用して面白さが伝わる本ではないなあと思いつつ。

『知らない同志』

大映倒産、日活衰退で五社協定も有名無実化、松竹プロデューサーの著者は『追いつめる』に田宮を起用

永田雅一社長に追放されて以来、四年間の雌伏の時を経て、田宮二郎が映画に戻ってくる。しかも大作である。(略)
[正式な出演依頼の日]
彼は、監督、カメラマン以下の主要スタッフ、共演者などについて確認した後、封切日、予算規模、松竹系の映画館数、直営館と契約館の比率、焼き増しするプリント本数などまで細かく聞く。自主製作で苦労しただけあって、かなり専門的な質問である。
 それに対する私の答えを聞いて、彼はふーっとひと息吐いた。
 「僕でいいんですか、ほんとに」
 「当然ですよ」
 「有難うございました」
 彼は初めて笑顔を見せた。
(略)
[敵役には無理を承知で渡哲也]
 それを田宮に伝え、渡主演の次回作には、ぜひ出演して欲しいと言うと、彼は反射的に、きっぱりと言った。
 「当然です。僕でお役に立つなら、どんな役でも出ます」
 ちなみに、田宮は渡の次の主演作品『剣と花』(監督舛田利雄)に進んで出演してくれた。
(略)
 [クランクアップ間近の大船撮影所の喫茶店]
 「テレビドラマに出ようと思うんです」
 さり気なく、彼がそう言った。
 「山田太一さん、ご存じですよね」
(略)
 「山田さんの脚本なんです。とても面白いんですよ」(略)
  実現すれば、この『知らない同志』が田宮二郎の連続ドラマ初出演になる。
 「連続は初めてだし、ビデオ撮りだそうですから、面食らってます」

『人生劇場』

喜劇路線でようやく不振を脱出した松竹。制作本部長三嶋与四治本部長率いる「三嶋軍団」は男性路線確立を目指し『人生劇場』を企画。

 城戸会長を半ば押し切った形でスタートしただけに、『人生劇場』の興行成績の成否に、三嶋軍団の命運がかかっている。
 本部長は辞表を懐ろにしていた。私も覚悟を決めた。
(略)
 テレビ番組への出演や舞台挨拶といった宣伝協力の要請に対する反応は、それぞれ違う。根は純粋なくせに末っ子の甘えん坊のように時に駄々をこねる竹脇無我。こっちの気持ちを察して「お任せします」のひと言の渡哲也。外見と違って意外に女性的性格の高橋英樹。彼らより少し年上の田宮が何かと頼りだった。
[封切日は朝から豪雨だったが、観客は溢れ大ヒット]
 大成功である。
 泣き虫の私は銀座松竹劇場のトイレに駆け込んで声を殺して泣いた。
 夕方、六本木交差点の誠志堂のあたりを歩いていると、背後からいきなり私の傘にとび込んできた男がいた。
 田宮だった。
 「よかった。ほんとうによかった……」
 こぼれる笑顔が、喜びといたわりのすべてを言っている。
 「有難う、田宮さん」
 言葉はもうなかった。
 がっしりと握り合った田宮の手は柔らかく熱かった。

『悪名』

著者と田宮との出会いの後は生い立ちから。
関西電力の前身会社重役柴田永三郎に見込まれた父は養女の婿となるも田宮誕生四日目に急死。母子三人は祖父のもとへ。終戦前後に祖父、母死亡。祖母・兄・吾郎の三人となった柴田家は占領政策で財産を失くす。花柳章太郎の知己を得て外交官志望から俳優の道へ。大映入りして五年ずっと端役、『女の勲章』でようやく評価される。そして『悪名』。

 朝吉と貞との珍妙な関係が面白いが、勝新太郎は撮影現場ではもちろんのこと、日常的にも、田宮の親分の気分でいる。田宮の方も一歩下がって、子分の態度を崩さない。
 セットに勝より必ず先に入っていて、真っ先に声をかける。
 「お早うございます」
 勝が煙草を取り出すと、さっと近づいて、自分のライターで火をつけてやる。
 だが、内心では激しい競争意識が燃えたぎっている。撮影になると、遠慮はしない。勝のシバイを喰ってしまうこともしばしばある。
 勝は面白くない。(略)
 「おい、田宮。あんまり出しゃばるな。いい加減にしろ」
「はい、すみません」
素直にうなずく。だが、本番になると、容赦はしない。(略)二人の間に丁々発止と火花が散る。

悪名 DVD-BOX

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ドサ回り

追放の顚末はwikiにあったので省略。
協定の締め付けでようやく得た仕事は四国のキャバレーでの歌謡ショー

市内の街角に、のぼりがひらめいている。
 歌う映画スター田宮二郎来演―。
 翌二十六日から三日間、ギャラは一日五十万円。所得税やエージェンシーの手数料を差し引くと、手元には百万円程度しか残らないが、今の田宮には大金だった。
 都落ちといわれようと、ドサ回りといわれようと、今は何でも稼がねばならない。(略)
 スポットライトを浴びて、純白のスーツを着込んだ田宮二郎が登場する。
 拍手が湧き上がる。
 「今晩は。田宮二郎です。過去十三年間、俳優をやってきましたが、自由を求めて大映を辞めました。そして、歌を歌うことにしました。ヘタな歌ですが、聞いてください」(略)
 バラード風に編曲した『船頭小唄』に始まり、『ストレンジャー・イン・ザ・レイン』『トゥ・ヤング』『ワン・レイニ・ナイト・イン・トーキョー』とつづく。
[ホステス約140名。ビールとおつまみ付で1950円。定員900名で満員]

『馬喰一代』

三嶋軍団男性路線第二弾『花と竜』撮影待ち時間中、『白い巨塔』の他に三船敏郎主演『馬喰一代』を再映画化したいと語る田宮

 「ラストがいいんですよ。馬喰の荒くれ親父が愛する息子と別れる。息子の乗っている列車が次第に遠ざかっていく……」
 彼はいきなり立ち上がると、がばっと地面に腹ばいになった。土の上に片方の耳を押し当てた。
 「列車の姿はもう見えない。走り去る音だけがレールに残っている。ごとごと、ごとごと、ごとごと、その音も次第々々に消えていく。親父の眼に、じわっと涙が込み上げてくる……」
 私は意外な気がした。
 『白い巨塔』と『馬喰一代』では、両極端と言っていいほど違いすぎる。現代の冷徹な外科医と大正期の無学な荒くれ馬喰。(略)この両極の人物をぜひ演じたいというのは何なのだろう。(略)
後になって、その二面性が、人間田宮二郎の生来の性質なのだと思った。

もう少しで終わるのだが夜も更けたので明日につづく。