戦後翻訳風雲録

新編 戦後翻訳風雲録 (大人の本棚)

新編 戦後翻訳風雲録 (大人の本棚)

  • 作者:宮田 昇
  • 発売日: 2007/06/02
  • メディア: 単行本

鮎川信夫と中桐雅夫の競訳トラブル

 すでに鮎川が翻訳をしていることを知っていて、あのように興奮して原書を持って翻訳を売り込むほど、彼は芝居のできる人間とはとうてい思えない。(略)
 カウンターの離れた席に座ったが、会話は嫌でも耳に入ってくる。(略)やはり仲間から、鮎川が『試行錯誤』の翻訳をやっていることを「知っていた」のに、翻訳を強行したと責められているのだった。
 私には、中桐が悪いと決めつけられるのを、黙っていられなかった。それに「鮎川は、営業妨害だといっていたぞ」という言葉には、反発さえ覚えた。よせばいいのに、私はロをはさんでしまった。
(略)
 残された中桐は、いつもの快活さはなく、しょんぼり沈み込んだままであった。私が、なぜ、きちんと早川書房に持ち込んだ経緯を話さなかったのだと責めると、「おれたちは、若いときからの友人なんだ」と答え、私がさらに「友人なら、直接、文句をいうべきではないか。仲間を使っていうなど、陰湿だ。それに友人だったら、競訳はいけないのか」というと、「お前にはおれの気持ちがわからない。おれはただ悲しい」と、いっそう落ち込むばかりだった。
(略)
 その当時も、中桐や鮎川が死んだ後も、「荒地」の同人の言葉は、みなおなじであった。鮎川がいうのだから、中桐が悪かったのだろうというのである。
 だが俗人である私は、このトラブルに巻き込まれて以来、詩人に対して覚めた見方ができるようになった。彼らにとって、詩以外の仕事は翻訳であろうと、随筆であろうと、金を生むものはすべて「営業」であり、生活の糧にしかすぎず、「詩人」というブランドをつけた営業行為ではないかということである。

近親者も驚いた

最所フミと鮎川の秘密の結婚生活

 鮎川が死に、最所のことを聞いたとき、まず思い浮かべたのは、「週刊文春」の「時代を読む」の海外の新聞雑誌からの豊富で自由自在な引用であった。抜群の英語力なくして、あれほどホットなニュースを駆使することはできない。大岡山での生活を隠しとおしたのは、詩人の心の深淵によるのではなく、案外、「抜群の英語力」を疑われたくなかったせいもあるのではないか。これこそ、俗人たる私の下司のかんぐりであろう。

田村隆一がはったりで禁煙本をベストセラーに

 やがて『あなたはタバコがやめられる』のベストセラー間違いなしという前評判が、飲み屋を経由してひんぴんと入ってきた。飲み屋の名から、田村が宣伝しているにちがいないとすぐ推測できた。さらに田村が、「ジャパン・タイムズ」にタバコをくゆらし、目の前にいっぱい置かれた灰皿を吸い殼で山にして、『あなたはタバコがやめられる』を手にしている、コミカルな写真が出た。
 このなりふり構わない態度は、田村がひ弱な営業部を動かし、売れると信じ込ませ、さらにそれを自らパフォーマンスして見せているにちがいないと思った。社全体がその熱気に包み込まれているのであれば、ベストセラーも間違いないと思った。案の定、早川書房としては、驚異的売れゆきの本となった。
 私は当時の早川書房が、ポケミスで支えられているどころか、返本を何回も市場にくり返して出すことで、初版6000部をやっと消化している実情を知っていた。たとえ社員からケチとか「ファッツ」とか呼ばれようと、それらを受け入れ、表面的には経営の厳しさを毫も感じさせなかった早川が、『あなたはタバコがやめられる』の成功に、いちばんホッとしたのではないだろうか。『シェーン』『エデンの東』についで早川書房を救った。
 だが、成功はしたものの、私は田村の危うさを見た気がした。目的のためには手段を選ばない。ときには則を越えるし、無責任で人を傷つけることもある。それを世間は無頼と呼ぶが、詩人の無頼は許す。一方、無頼は小心、細心と裏腹の場合が多い。その小心、細心さは、母性愛をくすぐる。無頼な男に女が惹かれるのもそのためである。まして彼は詩人である。私や福島まで手を貸し、いや、貸さざるをえなかった、[祝い金目当ての]花嫁なき披露宴招待状事件は、まさしくその現われであった。

亀山龍樹とリライト糾弾

[英米児童文学の紹介、翻訳にも力を入れたにもかかわらず評価されず]
当時、亀山が児童文学主流から評価されなかったのは、名作ダイジェストをしたうさん臭い男という目で、見られたせいである。(略)
 [親子読書、十五分間読書運動といった]読書運動のなかで、もっとも急進的に論陣をはったある大学教授が(略)過激に目の仇にしたのは、リライト、ダイジェストであった。(略)
 それがいかに大きな影響をあたえたかは、戦前から戦後にかけて世界名作全集などを出していた講談社その他が、リライト、ダイジェストを出さなくなったほどである。(略)
 彼らのいう「悪い本」の執筆者として槍玉にあがったなかには、白木茂のほか、戦後南洋一郎とともに活躍した久米元一などもいた。(略)
 白木は直腸癌で病に倒れた後、何年間も、出版社の人間も含めて、だれ一人面会を許さなかった。癌発見の手遅れによる無念さもあったが、それにはあまりにも激しいリライト駆逐運動と、それに屈服した出版社の姿勢、同調する親しかった人間たちに絶望したせいもあったと、私は推測している。
 久米にも、その晩年に会ったが、リライトに手を出したのをたいへん悔いていた。私など久米のリライトに児童読み物の面白さを、初めて知った記憶があるのにである。それほど当時の読書運動は力を発揮した。そして亀山も、白木との繋がりで、児童文学主流から評価されなかったのであろう。
(略)
リライトを読むことで、後に原作を読まなくなると強調されたが、なにも読まないままが普通なのだから、入りやすい世界名作のどこが悪いのかという感想さえあった。
 むしろ問題にすべきは、文学性ではなく、漫画と競争できる、魅力ある読み物を送り出すことではなかったか。(略)
白木が槍玉にあげられたのは、小児麻痺の子が、結末で椅子から立ち上がったことである。彼は、ついそうなってほしいという願望で、翻訳が滑ったと後で話した。また、久米元一は、ホームズ物でシャーロキアンの攻撃を受けた。いずれにしても、彼らが死んだ後、枚数の制限のなかで、しかも魅力的な意訳をする、リライトの職人は姿を消した。

残り少しだが夜も更けたので明日につづく。
オマケで九索ドラマを観ずに実況板をチェックするシリーズ。

さんまってある種の病気だな


独り言はヤメロ


さんまが鬱



ケータイ刑事より携帯の出てくるシーンが多いな



市村正親
長澤まさみにシカトされて
デビルマンみたいな顔になる

ゴメン、観ないと書いたけど、まさみの場面だけ観たよ。ラストの揺れるマサミと細い足はよかったと微乳派のオレが報告。
さてマサミは演技が下手なのではとお思いの方もいらっしゃるでしょうが、あれはですね、さんまコーチに「しのぶ打法」を強要されてスランプなんだと思います。
オレはガッキー派だからどうでもいいけど。