私は奴隷だが、私の皇帝は無敵だ

前日のつづき。

国家制度とアナーキー

国家制度とアナーキー

ロシア帝国解体

汎ゲルマン的な中央集権主義に対して、汎スラヴ的な連合体を対置できぬものであろうか?(略)
 まず、なんらかの同盟が成り立ちうるためには、一大ロシア帝国をうちこわして、多くの個々の互いに独立した、ただ連邦としてしか結合していない諸国家に解体する必要がある。これほど大きな帝国のままで、連邦として同盟を結んだばあい、中小スラヴ諸国家の独立と自由とが守られるとは、およそ考えられないからである。
 極端な仮定だが、ペテルブルク帝政が解体していくつかの数の自治州となり、一方で独立国家として編成されたポーランドボヘミアセルビアブルガリア諸国がこれらの新しいロシア諸州と共に、一大スラヴ連邦をつくったとしてみよう。このような場合でも、その連邦は、汎ゲルマン的な中央集権主義に抗してたたかうことはできないと信ずる。理由は簡単で、軍事力、国力はつねに中央集権体制のほうがまさっているからである。

セルビア愛国青年操縦法

セルビア政府が、自国の青年たちの愛国熱をしずめる手として考えているのは、来年の春とか、ことによると農作業の終わった秋にでも、トルコに宣戦布告をするとくりかえし約束することである。そうすると、青年たちはそれを信じて感奮し、夏じゅう冬じゅうかかって戦争準備につとめる。ところが、必ず思いもかけぬ障害が降ってわいたり、列国のパトロン国から指令が来たりして、宣戦布告の約束はどこかへ吹き飛んでしまう。半年延ばされたり一年延ばされたりで、結局セルビア愛国主義者たちは来る日も来る日も、けっして実行されないものを鶴首して待つうちに、疲れはててしまうのだ。

なぜ砂漠に侵攻するのだ

ヒヴァに対する進軍を、ロシア政府に企てさせたものはなんてあったのか?(略)
 砂漠の荒地を征服して、いったいわが国家にはどんな利益があるのか? ある人々はおそらく、わが国の政府がかかる進軍を企てたのは西欧文明を東へもちこむという、ロシアの偉大な使命を果たすためだ、と答えようとするかもしれない。だがこんな説明はアカデミズムの、あるいは格式ばった講演や、いつも高尚なたわ言を並べたていつも現実に有ること為すこととはおよそ正反対の事柄をおしゃべりしている空論的な著作物、パンフレット、雑誌にはあつらえ向きかもしれぬが、われわれはこんなもので満足できない。その計画と行動にあたって、文明を普及するというロシアの使命を自覚している、そんなペテルブルク政府をご想像ねがいたい!わが支配者たちの性質や本性をいくらかなりとも知っている人間には、こんなことを考えるだけで、腹をかかえて笑いだしたくなるだろう。
 インドヘの新しい商業ルートの開拓ということについても、なにも言うまい。商業政策、これはイギリスの政策であって、いまだかつてロシアの政策であったことはない。

 なぜヒヴァを進攻したのか? 軍隊に暇つぶしをあたえるためであろうか? 数十年にわたりカフカースは軍の学校として役だってきたが、現在カフカースは鎮定されており、したがって新しい学校を開く必要があった。そこでヒヴァ遠征を思いついたというのだ。
(略)
 しかしことによると、ロシア政府はインド征服を本気で計画したのではなかろうか? われわれは、わがペテルブルク支配層の賢明さを過信するつもりはないが、それにしてもこんなばかげた目標を立てるとは考えられない。インドを征服する! いったいだれのために、なぜ、しかもどうやって征服するのか?とにかくそれにはロシアの人口のまるまる半数ではないとしても、少なくとも四分の一を東へ移動させる必要があろうし、インドに達するにはまず好戦的で数の多いアフガニスタン種族を圧服するしか手がないわけで、そのようなインドをなぜ征服しようとするのか?
(略)
 侵略に踏みこむなら、どうして中国から始めなかったのか? 中国はきわめて富んでおり、われわれにとってはあらゆる点でインドよりも手を伸ばしやすい。なにしろそれとロシアの間には、いかなる国もいかなるものも存在しないのだ。俗に言うごとく、なんじ、できるなら行け、そして取れ、だ。

ディスるバクちゃん

 だがなによりも注目すべきことで、しかもマルクス氏がけっして認めようとしなかったこと、それは政治的な面でマルクス氏がルイ=ブランの直弟子だということである。この卑小な、挫折した革命家ならびに政治家にくらべると、マルクス氏ははるかに利口で、はるかに学識がある。だがドイツ人としてその大柄にも似ず、彼は小柄なフランス人の学説にひっかかったのである。
 ところがこの珍事は簡単に説明がつく。ブルジョア政治家としての、またかくれもないロベスピエールの崇拝者としてのフランス人美文家と、ヘーゲル主義者、ユダヤ人、ドイツ人という三重の性格をもった学識のあるドイツ人、ふたりはともに狂信的な国家崇拝者であり、ふたりとも国家共産主義を説いている。ただ違いは、一方が論証の代わりに美文調の熱弁で満足しているのに対し、他方は学者ならびに荘重なドイツ人にふさわしく、彼らに等しくお気に入りの原理を、ヘーゲル弁証法のあらん限りの狡智と多面的知識のあらん限りの豊富さで、くるんでいる点だけである。

「私は奴隷だが、私の皇帝は無敵だ」

 われわれのスイスの一友人が言ったとおり、「いまや日本、中国、モスクワに在住するドイツ人裁縫業者はみな、背後にドイツ艦隊と全ドイツ兵力の存在を感じている。この誇らしい意識で、彼らはきちがいのように有頂点になっている。ついにドイツ人も生きながらえて、イギリス人やアメリカ人と同じように、国家によりかかりながら、《私はドイツ人だ》と誇りをもって言えるわけである。」なるほど、イギリス人やアメリカ人は「私はイギリス人だ」、「私はアメリカ人だ」と言うが、その言葉によって彼らは「私は自由な人間だ」と言っているのだ。ところがドイツ人が言っているのは、「私は奴隷だが、その代わり私の皇帝はいかなる君主よりも強く、ドイツ兵は私を抑えつけるが諸君すべても抑えつけるのだ」ということである。