仲良くしてよ、ビートルズ

前日のつづき。

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

音が良かったのはエンジニアの腕

EMIの収益は軍事産業がメイン。クラシック部門とポップス部門はまさに純文学とマンガの関係であって、ビートルズがいくら稼ごうが下に見られていた。官僚主義的で旧弊旧式なスタジオの音が良かったのはエンジニアの腕なのだよと。

[ベイビー・ユー・アー・ア・リッチマンの]ころからビートルズは、さまざまな理由で外部のスタジオをひんぱんに使うようになる。たぶん、新しいサウンドを求めていたのだろう、あるいは単純に閉所性発熱にやられ、いつも同じ四枚の壁を見ているのが嫌になったのかもしれない。
 アビイ・ロードの居住性はゼロに等しかった。狭苦しいコントロール・ルームにはカウチもアームチェアもなく、座り心地の悪い硬い椅子が二脚あるだけ。対照的にオリンピックやトライデントのコントロール・ルームには、豪華な革張りのソファやいかにも座り心地のよさそうな椅子が用意され、抑え気味の照明とモダンな装飾が、そうしたすべてを引き立てていた。(略)
 さらに1967年もなかばに入ると、ロンドンのメジャーなスタジオは、どこも8トラックのテープレコーダーを導入していたが、ぼくらは相変わらず4トラックだったため、ひどく時代遅れな印象を与えてしまった。(略)
そもそもEMIのスタジオは、利益を度外視していた。基本的にそこは、研究施設と見なされていたのだ。EMIのほんとうの利益は、民間からではなく、軍事用の無線やレーダーの製造で得られていたのである。(略)
[スタッフには堅苦しい服装規定がありヒップではなかった]
また外部のスタジオは、ドラッグにもより寛容な態度を取っていた。(略)
 だがどれだけ遠くさまよおうと、ビートルズはかならず戻ってきた(略)。理由はきわめて簡単だ。ほかの場所ではどうしても、同じサウンドが出せなかったのである。ぼくらはヒップではなかったかもしれない。けれども仕事はたしかだった。

〈ヘイ・ブルドッグ

完成済みの“レディ・マドンナ”で口パク・プロモを撮る予定だったが

ジョンがこのころにしては珍しく自己主張をはじめ、計画をひっくり返してしまった。
 「〈レディ・マドンナ〉なんて知ったことか。新曲があるんだ。代わりにこっちを撮ろうぜ」
 ポールは少し戸惑っていたが、その日のジョンはまるでブルドーザーのようで、絶対に節を曲げようとしなかった。かくして〈レディ・マドンナ〉の音に、ジョンの新曲〈ヘイ・ブルドッグ〉をレコーディングするビートルズの画がつけられることになる。(略)数日のうちにインドに向かうことが決まっていたビートルズの四人は、全員がいつになく上機嫌だった。
(略)
 その後、ジョンとポールが一本のマイクを囲んで、何分か吠えたり、叫んだり、あれこれふざけたりした。そんなときの彼らは、切っても切れない仲だった少年時代をよみがえらせ、おたがいに遠慮無用で楽しそうにしていた。
 〈ヘイ・ブルドッグ〉の仕上がりがあまりにもよかったせいだろう、ジョンはその日、この曲を〈レディ・マドンナ〉の代わりにシングルのA面にしたいといいだした。当然ポールはおもしろくない。(略)
ふり返ってみると、ビートルズの四人がみんな、スタジオで心から楽しそうにしていたのは、この日が最後だったのかもしれない。

険悪な“ホワイト・アルバム”

セッション開始。新しいスタジオ所長が的外れな改革に乗り出しスタッフの雰囲気も最悪。それが四人に影響したのではと推測する著者も、悪化する職場環境と険悪な四人に嫌気が差し遂に……セッション途中で離脱。

[ジョンにインドの話を振ると]
「インドは悪くなかったぜ……あのくそったれなチビのマハリシ以外はな!」
ジョージ・ハリスンは顔を曇らせた。どうやらこれは、もう何度もくり返されてきたやりとりらしい。彼は深いため息をついて、いきり立ったバンド仲間の気を静めようとした。
 「おい、頼むよ。そこまでひどい男じゃなかったぜ」
 言葉をはさんだ彼を、ジョンは思い切りにらみつけた。ジョンの怒りと苦々しさは、肌で感じられるほどだった。
 リンゴがちょっとしたユーモアで、ガス抜きをしようとした。
 「オレはバトリンズのホリデイ・キャンプを思い出したな。メシはあそこほど上等じゃなかったけど」と彼はウィンクした。
 ぼくはポールのいるほうに目をやった。なんの表情も浮かべず、疲れた顔でじっと前を見つめている。その日の彼は、ほとんどインドの話をしなかった。いや、その日にかぎらず、それ以降もずっと。
 その瞬間、ぼくはビートルズが根っこの部分で大きく変わったことを感じ取った。彼らはなにかを探していたが、それがなんなのかはっきりわからず、答えを求めてインドに旅し、そこでも答えが見つからなかったせいで失望していた……だがぼくにいわせると、彼らには質問すらわかっていなかったのだ。少なくとも以前にも増してガードを上げ、やたらと身構えるようになっていたのはたしかだった。
 その時点でもう五年以上仕事をともにしていたというのに、ぼくには彼らが赤の他人のように感じられた。

なんの知識もないのに口先だけのトンデモテクノロジー(壁紙型スピーカー、人工太陽etc)でジョンに取り入ったマジック・アレックス

[機材トラブルが発生した時に]なによりこたえたのは、ジョンが「アップルに自前のスタジオができたら、もうこういったことはなくなるだろう」といった意味の発言をしたという話だった。つまり彼はぼくらのやることを、なにひとつ信頼しなくなっていたのだ。マジック・アレックスがあれこれ吹きこんでいるのはまちがいない。ぼくは腹が立って腹が立って仕方がなかった。

ブラック・バード

夏の宵、屋外で“ブラックバード”。メンバーが別々に録音するようになり

ぼくはたいてい、いちばん親密だったポールと仕事をした。ジョンやジョージ・ハリスンには別のエンジニアがつきあい、無口な(そしてめったに意見を求められなかった)リンゴは必要に応じてスタジオを行き来する。(略)
[二人だけになると]ポールが、アウトドアでうたっているような感じにしたいといいだした。
 「いいですよ」ぼくは答えた。「だったらアウトドアでやっちゃいましょう」
 ポールは驚いたような顔を見せたが、実はエコー・チェンバーの外に、ちょうど彼がスツールを置いて座れるぐらいの小さなスペースがあったのだ。
 マイク用の長いシールドをはわせ、ぼくらはそこで〈ブラックバード〉をレコーディングした。鳥の鳴き声は大部分、効果音のレコードを使ってあとからダビングしたものだが、なかにはホンモノも混じっている。あたたかな夏の宵に、アビイ・ロードのスタジオの外で、数羽のスズメとフィンチがポール・マッカートニーとともにうたってくれたのだ。(略)
うす暗いコントロール・ルームで、ひとりきりのポールと静かに仕事をしていると、彼とジョンがもう、かつてのように親しい仲でなくなったことが痛感された。

〈オブ・ラ・ディ・オブ・ラ・ダ〉

[三夜にわたるセッション]ポールはこの曲のリズムや、自分の歌の入り方が気に入らない様子だった。彼が求めていたのはジャマイカのレゲエっぽいフィーリング(略)
[ジョンの気まぐれもひどくなり]ついさっきまでノリノリで、似非ジャマイカなまりを披露したり、陽気におどけたりしていたかと思うと、次の瞬間にはむすっとして、この曲もやっぱりポールの「ばばあ向けのクソ」だとぶつぶつ文句をいいはじめる。(略)
ポールが数日後の夜、今までのレコーディングはすべて廃棄し、一からこの曲をやり直したいといいいだしたとき、当然のようにジョンは怒り狂った。(略)
[スタジオを飛び出して数時間後一発決めて]
「オレはむちゃくちゃハイになったぞ!」ジョンは階段のてっぺんから怒号した。(略)
「おまえらが一度もなったことがないくらいハイになってるんだ。おまえらなんかこの先も、絶対こんなにハイになれるもんか!」(略)
 「そしてこのクソったれな曲は」と彼は歯をむいてつけくわえた。「こうしてやればいいんだ」
 あやしげな足取りで階段を降り、ピアノに向かったジョンは、力まかせに鍵盤を叩き、この曲のイントロになる有名なオープニングのコードを、むちゃくちゃなテンポで激しく弾いた。

“ジョンとヨーコのバラード”

“レット・イット・ビー”はノータッチだったが、ジョンの指名で新曲セッションに参加

セッションは午後なかばからスタートする予定になっていたが、驚いたことにジョンは、ちゃんと時間通りに晴ればれとした顔で姿を見せ、ポールもそのわずか数分後にやって来た。表向きはビートルズのセッションだったものの、その日あらわれたメンバーはこのふたりだけ(略)<レット・イット・ビー>のセッションで生じたいさかいや悪感情については、さんざんぞっとするような話を聞かされていたが、そのわりにこのふたりのビートルは、驚くほどリラックスしていた。この日にかぎっては親友同士だった学生時代に戻り、ここ何か月かのいざこざはすべてなかったことにして、いっしょに音楽をつくる喜びにひたっているようにみえた。(略)
 すばらしいセッションだった。なにもかもがうまくいき、これっぽっちのミスもない。まさに、魔法のようなひとときだった。スタートからフィニッシュまで、ミックスもふくめたレコーディングはわずか数時間で終了した――ちょうど、古き良き時代のように。(略)
[ジョンがギター]ポールはベース、ピアノ、パーカッション、ドラムスを受け持った。

上機嫌の二人に会い気分が晴れた著者はアップル・スタジオからの誘いを受けることに。
さすがに明日で終わりたい。