見つめ合うジョンとポール

前日のつづき。

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実

  • “タックスマン”自作曲のソロを二時間苦闘するも決められずジョージ屈辱の降板、二時間雲隠れ。ポールがあっさり2テイクで激しいソロを決めて終了。
  • “エリナー・リグビー”ジョージ・マーティンが弦楽アレンジを提案、「おセンチでマンシーニ」っぽくならないかと難色を示すポール。「絶対とんがった音にしてほしい」というポールの要求に沿うため、常識破りの至近距離マイクセッティング。

“サージェント・ペパー”セッション開始。ツアー休止、キリスト発言

 ジョン・レノンはいつも以上にイライラしていた。
「いいかい」彼はジョージ・マーティンにいった。
「すごくシンプルな話なんだ。オレたちはもう、おつむの弱い連中のために、おつむの弱い音楽をつくるのはうんざりなんだよ。そんな音楽をそいつらのために演奏するのもね。でもこれで新しいスタートが切れるんだ。わかるだろ?」
(略)
最後のツアーをおぞましげにふり返る彼らの話を聞いていると、ぼくにもその気持ちが理解できた。
 「いまいましいヤンキーどもめ」ジョージ・ハリスンがつぶやいた。
 「なんの話だ?」ジョンが鋭く問いただす。「矢面に立たされたのはこのオレだぜ、おまえじゃない」
 するとジョージはつっけんどんに、「まあね、ぼくは自分をキリストと比べるほどバカじゃなかったけど」 ジョンは彼をにらみつけ、むすっと黙りこんだ。この話題を持ち出されると、さすがにぐうの音も出ないらしい。(略)
[マニラでの危険な体験談]
冗談に紛らせてはいたものの、ぼくにはビートルズの四人が、さりげなさを装いつつ、内心ではこれまで以上にガードを固めているように感じられた。ここ何か月かの経験が、彼らを大きく変えたのだ。まるで、青春時代にピリオドを打たれてしまったかのようだった。彼らはもはや、四人のキュートなモップ頭ではなく、見てくれもふるまいも、旅に倦んだベテラン・ミュージシャンを思わせた。

  • “ストロベリー・フィールズ”

「もっとヘヴィにしなきゃ」とジョンがボツにしたオリジナルの前半とリメイクしたものの後半をつなげてくれとジョン。神業スピード調整で接合。感謝祭休日前後の録音だったから"cranberry sauce"と口にしただけなのに"I buried Paul"と誤解された。
休憩中ポールは“ペット・サウンズ”をよくかけていたから

〈ペニー・レイン〉は「すごくクリーンでアメリカっぽいサウンド」にしたいといわれたときも、さほど意外には思わなかった。
 アメリカのレコードをさんざんマスタリングしてきた経験から、ぼくは個々の楽器を完全に切り離して録音し、音の「かぶり」をいっさいなくすことが、ポールの望み通りのサウンドをつくる最善の方法だと確信していた。(略)
この曲はポールがひとりで弾くピアノからスタートした。メインのピアノ以外の要素は、すべてオーヴァーダビングされたものだ。ほかのメンバーは何日も、たったひとりでキーボードの音を重ねていくポールをながめていた。
 いつものように彼のタイム感は極上で、当時はまだクリック・トラックなど存在しなかったというのに、すべての大本となるメインのピアノ・パートは、いっさいリズムに揺るぎがなかった。いつもならリンゴがハイハットでビートを刻むのだが、このときは彼の助けも借りていない。曲全体にフィーリングをたっぷり行きわたらせているのは、ポールのピアノという土台だった。

“ア・デイ・イン・ザ・ライフ”

最初のセッションの楽器はすべて、単一のトラックに録音することにした。ただしジョンのガイド・ヴォーカル――彼のいう「エルヴィス・エコー」がたっぷりかけられていた――だけは、別のトラックに録音した。
 ジョンはヘッドホンにもテープ・エコーをかけるのが好きで(「オレがうたってるんじゃないみたいな音にしてくれ」というのが彼の口癖だった)、ぼくは通常、エコーを彼の声と一緒に録音するようにしていた。そうすると彼はエコーに合わせてうたい、結果的に曲に対するアプローチが変わってくる。事実、彼の発音する「d」や「t」――文字通り、吐き出すような調子だった――は、ぼくの知るかぎり、ほかのだれの歌よりも、テープ・エコーの効きがよかった。
(略)
肌寒い一月の夜(略)[ジョンは]“sugar plum fairy”とカウントし、コントロール・ルームにいたぼくらは思わず微笑んだ。だが一度彼がうたいはじめると、みんな一気に静まり返った――彼の声にこめられたむき出しの感情に、首筋がゾクッとした。
(略)
ジョンとポールはどちらもずばぬけてピッチがよかったが、ジョンは自分の声にあまり自信を持っていなかった。ヴォーカルのプレイバックを聞くために、彼がコントロール・ルームにやって来ると、ぼくらは毎回のように、歌のすばらしさを絶賛した。するとジョンは例の遠くを見るような表情になり、ぽくらは満足してないんだな、と察しをつける。どれだけ強力なパフォーマンスを披露しても、ぼくらが大丈夫だと何度も念押ししてやらないかぎり、彼は全部消去して、一からやり直そうとした。
[最初のテイクを聴くときは他のメンバーは下で待たせひとりで調整室に上ってきた]

ジョージの屈辱

ジョージ・ハリスンの曲をやるときは、たいていアプローチに変化があった。まず、だれもがリラックスした――そこにははっきり、本気になる必要はないという雰囲気がただよっていた。(略)少なくともシングルの候補となることはなかった[ので]とくに時間をかけたり、あれこれ苦労したりする気にはなれなかったのだ。
 ジョンやポールの曲が時間をかければかけるほどよくなったのに対し、ジョージの曲は時間をかけると逆に悪くなるきらいがあった。

長いタイトルでも省略するとジョンは怒るよ“〜ミスター・カイト”

ジョージ・マーティンがハルモニウムを弾いた。(略)ハルモニウムを演奏するには、自転車のペダルをこぐような感じでふいごを踏み、空気を送りこんでやる必要があった(略)何時間もぶっつづけでやらされたせいで、ジョージは疲労困憊し、とうとう床に倒れこんでしまう。大の字になった彼の姿は、ちょっとした見物だった。(略)
「オレがほしいのは(略)ぐるぐる渦を巻いてるような音楽なんだ、わかるだろ?」(略)
ジョンはなおも熱弁をふるった。
「遊園地の音で、オレの声を取り囲みたい。オガクズや動物のにおいが嗅ぎたいんだ。ミスター・カイトやヘンダースン一家とかといっしょに、サーカスにいるような感じにしたいんだよ」

〈ラヴリー・リタ〉

この曲からポールはベースをいちばん最後、つまりほかのパートがすべてテープに収められたあとで入れはじめる。そうするとリード・ヴォーカルやバッキング・ヴォーカルもふくむ、ベース以外の要素が参照でき、彼は曲を全体として聞いて、アレンジをきれいに締めくくる、メロディックなベース・ラインをつくりだせるようになった。
 このオーヴァーダブはたいてい夜も押しつまったころ、ほかのメンバーがみんないなくなったあとでおこなわれた。(略)
彼のベース・アンプをバッフルの外に出し、スタジオのまんなかに置[き](略)マイクを六フィート離した位置にセットした。スタジオは空っぽだったので、ベースのまわりのアンビエンスもほんの少しだけ聞き取ることができ、これがおおいに役立ってくれた――音にほどよい丸味を与え、空気感を持たせてくれたのだ。
(略)
〈ラヴリー・リタ〉もやはり、ビーチ・ボーイズからの影響がはっきり打ち出された曲だ。ポールはジョージ・マーティンに、バッキング・ヴォーカルのアレンジはカリフォルニアのコーラス・グループっぽくしてほしいと強調していた。
 この曲のオーヴァーダブはとにかく楽しく、四人のメンバー全員がクシと紙を口にあて(略)やたらと破れやすいEMI備えつけのトイレット・ペーパーで慎重にひと巻きしてあった――一本のマイクを囲んでハミングするという名場面もあった。

シーズ・リーヴィング・ホーム。見つめ合う二人

ムードづくりのために、スタジオの照明が落とされた。光を放っているのは、璧ぎわに置かれたデスク・ランプだけ。生涯の友人であり、共作者でもあるふたりのビートルは、高いスツールに向き合うように腰かけ、フレージングを合わせるために、おたがいの唇をじっと見つめた。ふたりを見ながら、ジョンとポールの声はまるっきりちがうのに、おたがいを完璧に補い合っている、と思ったのを覚えている――ちょうど彼らのパーソナリティや、音楽づくりに対するアプローチのように。
 それはまた、決してやすやすとものにできるようなヴォーカルではなく、途中で歌詞にどの程度気持ちをこめるべきかをめぐって、長い議論がはじまった。このころのポールはすっかり完璧主義者と化し、何度も同じ箇所のうたい直しを命じて、ジョンを憤慨させた。

まさにタイトル通り“ウィズ・ア・リトル・ヘルプ〜”

[夜明け近くようやくバックトラックが完成、帰りかけるリンゴにポールが]
「どこへ行くんだ、リング?*1
 リンゴは驚いたような表情を浮かべた。
「家だよ、寝るんだ」
「いや、今からヴォーカルを入れる」
 リンゴは助けを求めてほかのメンバーたちを見やり、「でもオレはもうクタクタなんだ」と訴えた。だがその甲斐もなく、ジョンとジョージ・ハリスンは、ふたりともポールの肩を持った。
 「さあ、こっちに戻ってきて、オレたちにひとふし聞かせてくれよ」
 にやにや笑いながらジョンがいった。
(略)
果敢にヴォーカルに挑む彼を、三人の仲間が取り囲み、マイクの数インチうしろから、声を出さすにはげましたり、指示を出したりしていたのである。四人の団結心を如実にしめす、感動的な光景だった。
 唯一の問題は最後の高音(略)[テープスピードで処理してみるがうまくいかず]
「いや、リング、ちゃんとやらなきゃ駄目だ」ポールが最終的な結論をくだした。
 「大丈夫さ、集中すれば、きっとできる」ジョージ・ハリスンが励ますようにいった。
 ジョンまでが、なんとか手助けしようとアドバイスを(略)「頭を思い切りうしろに反らせて、あとは運を天に任せろ!」
 何度かトライしたのちに、ようやくリンゴはその音を、ほとんどふらつくことなく伸ばしつづけた。
 バンド仲間の喝采と、スコッチ&ソーダでの乾杯とともに、セッションはついに幕となった。外では春の空気が新鮮な朝露をたたえ、鳥たちがすでにさえずっている。快晴の、すてきな一日になりそうだった。(略)
[その晩、バッキング・ヴォーカルやギターを追加するメンバー]
リンゴはたいていぼくらとコントロール・ルームにいて、誇らしげな父親のように顔を輝かせていた。

*1:リンゴの愛称