『闇の奥』の奥・その2

前日のつづき。

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

『闇の奥』の奥―コンラッド/植民地主義/アフリカの重荷

慈悲深い君主の仮面

 ベルギー国王レオポルド二世がコンゴ独立国(自由国)と公称した広大な私有領土を支配したのは1885年から1908年までだが、この期間の前半には、レオポルドはアフリカに私財を投入して未開の先住民の福祉の向上に力を尽くす慈悲深い君主としてヨーロッパとアメリカで賞賛され、尊敬を集めていた。彼はキリスト教宣教師の入植布教を歓迎し、彼が創設した公安軍はそうした人々の安全を守り、また、アラブ人と結託して依然として活動を続けている奴隷売買業者から先住民を保護し、アラブ人たちを駆逐するために戦っているものと、外部では考えられていた。
 しかし、現実には、レオポルド二世の公安軍にあてがわれた主な任務は、コンゴ河流域の住民に奴隷労働を強制して象牙や生ゴムなどの自然の富をひたすら収奪し、たまりかねた住民が反抗すると容赦なく鎮圧することであった。

メアリー・キングスリーの提言。フリートレード。

二回のアフリカ旅行の見聞に基づいた彼女の著書『西アフリカ紀行』(1897年)はイギリスでたちまちベストセラーとなった。次に出版された『西アフリカ研究』(1899年)では、アフリカの先往民たちの生活社会習慣の観察とそれを考慮した植民地経営についての提言が述べられていた。メアリー・キングスリーのこの二冊の本はモレルに深甚な影響を与えた。彼女の考え方の第一の重要点は、アフリカの黒人を積極的に人間として認める立場にあり、第二の点は、キリスト教の押しつけではなく、自由貿易(フリー・トレード)に黒人たちを主体的に参加させることが彼らの生活情況の真の改善をもたらすであろうという主張だった。
この主張の革命性はいくら強調しても過ぎることはない。自由貿易とは、何よりも先ず、物資の生産者がその物資の価格のコントロールを持ち、最も望ましい買い手を選ぶ自由が保証されることであるとメアリー・キングスリーは考えたのである。いま米国大資本主導の“貿易自由化”の波が全世界を被っているが、この200年間、アフリカの黒人には一度たりともメアリー・キングスリーが主張した意味での貿易の自由が与えられたことはなく、現在も与えられてはいない。」

アフリカの原始が白人を狂わせるという偏見

 正常なものがアフリカの原始を媒介として異常に危険なものに変貌するという考えは、今も白人たちの偏見の中に息づいている。確かに『闇の奥』は、ベルギー王レオポルドニ世の私的領土であるコンゴ自由国で行われていた白人たちの類廃と残虐非道を暴露糾弾した面を持っている。しかし、その出版から少なくとも50年間は、英米の読者のほとんどがこの小説をアフリカ大陸の闇の奥を目指す探険の旅とその暗黒に侵蝕されて精神的に崩壊していくヨーロッパ文明人の恐怖の物語として読んだのである。

ハンナ・アーレント批判。
コンゴでの悪行はあくまでもレオポルド個人の残虐性によるもので、帝国主義的侵略に含まれないとしたアーレント
アフリカの野蛮への恐怖がボーア人を錯乱させたというが、アフリカを訪れたことのないレオポルドはどうなるのだ、錯乱しようがないではないか。

 南アフリカボーア人の心の中には「おそらく今日もなお、彼らの祖父たちを野蛮状態に逆もどりさせる原因となった最初の身の毛のよだつ恐怖が生きているのであろう」とアーレントは言うが、そんなことはあるまい。(略)
ボーア人の祖先だけが、集団としての黒人に接して、実存的な戦慄的恐怖を昧わったというのは、あまりにも文学的な誇張であろう。その誇張の上に人種理論を構築すべきではない。

個人の悪行で済ませて帝国主義を隠蔽する

 ここで明確に認識しなければならないのは、アーレントに代表される『闇の奥』の読み方がレオポルド二世のコンゴで生起した悲劇的事件の本質を見事に隠蔽したという歴史的事実である。(略)
この作品を帝国主義と植民地政策一般の悪と頽廃を剔出した古典的傑作だとするのは誤りであろう。クルツ/マーロウは蜥蜴の尻尾でしかないのだから。蜥蜴の本体は、この場合、ベルギー本国でレオポルド二世とティースが操っているアフリカ収奪のシステムである。コンゴの奥地でピクピクと瀕死の動きを見せている尻尾に気を奪われて、エリオット、アーレント、そして、『地獄の黙示録』のコッポラを含むほとんどの読者が蜥蜴の本体に目を向けず、コンゴの悲劇の真の根源を見なかった。だが、これは『闇の奥』を誤り読んだのではない。自然な読み方をすればこうなるのである。

野蛮人を文明化する「白人の重荷」を謳ったキプリング

 アチェベは、彼の有名なコンラッド批判の中で、クルツの精神的破滅を論じて、「アフリカを、取るに足らぬ一つのヨーロッパの心の破綻の舞台の小道具の役に貶めた、途方もない、邪険な傲慢さを、誰も見ることができないのか?」と書いて、英文学者、コンラッド研究者たちの大きな不興を買ってしまったが、私はアチェベとこの怒りを共有する。ここにある傲慢は、疑いもなく、キプリングの「白人の重荷」の一つの変異体であるに違いない。

ヨーロッパの居直り

1990年前後から、『闇の奥』擁護論は新しい様相を静かに示し始める。不幸にも、それはサイードが指摘したコンラッドのアフリカ認識を、ある意味で、堂々と正当化しようとする方向に動いている。言うなれば「ヨーロッパの居直り」である。「白人の重荷」の再主張である。1950年代から次々に独立を果たしたアフリカ諸国のほとんどが、やがて、次々に醜い内部抗争、内戦状態の泥沼に沈み始める。「やはり、もともと、アフリカの黒人たちには自治能力などなかったのだ。独立は彼らに自家製の悲惨しかもたらさなかった。彼らはヨーロッパの支配下にあった方が幸せであったのだ」。こうした言葉が白人の間で、また、白人化した黒人の間で語られ始め、それが『闇の奥』擁護論の意識の水面下の基調低音となりつつあるのが、現在の情況である。

もし日本が同様の目にあっていたらどれだけ社会が荒廃していたか想像してみろと、黒人がバカだからなどとほざいている名誉白人に著者が喝。

上垣外憲一著『文禄・慶長の役―空虚なる御陣』によれば、朝鮮半島に侵攻した秀吉の兵士たちは朝鮮人の捕虜狩りに狂奔したが、それは、当時ポルトガル人が世界中に張りめぐらしていた奴隷売買のシステムの一部に組み込まれた行為でもあったという。朝鮮の人々にとっては、ファンタジーどころか、痛恨の歴史的事実なのだ。

天然資源収奪。

コルタンからはタンタル金属が抽出される。タンタルは、とりわけ、エレクトロニクス部品の生産に用いられる。1999年と2000年にタンタルの世界価格の急高騰が起こり、そのためコンゴ民主共和国の東部でのコルタン産出が著しく増加した。その新しい産出の一部には反乱軍グループや悪辣な実業家が参入して、農民とその家族を農地から強制的に立ち退かせ、コルタンが発見された土地からその住民を追い出して、その上、その人たらに手工業的鉱山で働くことを強制している。

 国連報告書の「コルタン」の項の中で、アジアがまず挙げられていることにも注目しよう。ソニープレイステーション2の発売後、コンゴからのコルタンの輸入量を急増させていることが報じられている。ソニーアメリカ社の幹部とコンゴとの結びつきの強さも知られている。しかし、ソニーアメリカ社の内部を探しても、ソニー・ジャパン社の中を調べても、クルツもレオポルド二世も見当たるまい。ここに問題の核心がある。異常人物の存在が問題なのではない。この数百年間、見事に機能し続けている「ヨーロッパ」というシステムそのものが問題なのである。わが日本もその中にあり、中国もインドも、今や、そのシステムの有カメンバーである。

レオポルドの悪行を暴いたモレルとケースメント(アイルランド独立戦争に参加して死刑)についても書かれてます。
著者は80歳を超えてブログ更新中。
google:私の闇の奥

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じつは日本人も売られてた。
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