BA‐BAHその他/橋本治

短編集だけど「ネタバレあり」と一応書いとく。

BA‐BAHその他

BA‐BAHその他

『組長のはまったガンダム
時代設定はファーストガンダム放映時、子供につきあっているうちにはまった35歳三代目組長。小林信彦の唐獅子シリーズのようでもあるが笑いがあるかというとそこそこで、ガンダム世代なら書か(け)ないズレ方がヘンというか、それよりなぜいま橋本治ガンダムなのかが笑いのポイントのような。

アムロさんは、俺とは違う―」と思って、組長は息を呑んだ。既にもう、「アムロさん」である。

この公王一族は、とっても極道っぽいのである。「ああいう一家は知っている」と、その世界にいる組長に、親近感を抱かせてしまうのである。ところがしかし、アムロに感情移入をしてしまった組長にとって、自分の属する世界に近い心的風景を持つジオン公国は、「倒すべき敵」なのである。ということになると、「ヤクザはいけない」になってしまいかねないのだが、一民間人の少年アムロガンダムの操縦を任せてしまう地球連邦は、あまり「善」ではないのである。ここは「民主主義の結果、退廃してしまった官僚制の世界」なのである。

組長はすべてを振り捨てて、「アムロはどうなるんだ?」という、ひたすらに求道的な好奇心で『機動戦士ガンダム』にはまって行ったのだが、こんな小説はどうなるのだろう?「後篇につづく」である。

ニュータイプってなんだ?」
ある時、組長は矢島に聞いた。
矢島は首をひねって、ただ黙っている。

組長の理解は単純で、「この女はシャアを守るために、アムロさんの前に立ちふさがったのだな」なのである。
しかし話は違う。ニュータイプ同士のアムロララァは、心を通わせ合ってしまうのである。組長にとっては、これが分からない。(略)
ララァアムロに本気で惚れているらしいのである。「そんな女がいてたまるか」と、組長は思う。(略)
主人公は、そういう節操のない女の色仕掛けには乗らないのである。オールドタイプの組長には、それ以外の理解がなかった。ところが、目の前のテレビは違うのである。
束の間、組長は、「アムロさんは、童貞か―」と思った。十六歳になってもアムロ・レイは童貞だから、「いい女」と見ると、片っ端から惚れてしまうのである。「童貞でなにが悪い」と、十四歳の時分には組長も思っていたが、女を知ってしまうと、やはり違うのである。それまで見えなかったものが、色々と見えるようになってしまうのである。だから組長は、「しまった、アムロさんは童貞か―」と思ったのである。そう思うと、目の前が真っ白になって、なにがなにやら分からない内に、宿命の対決は「次回に続く」ようにして、終わっていたのだ。組長は、「おい、もう一回回せ」と、矢島にご命令になった。

どうやらララァは、「戦いとは愛する人を守るためにあるもの」と信じているらしいのである。「そんな話、聞いたことねえぞ」と、組長は思った。「戦い」とは、勝つためにあるのである。勝ってどうなるのか? 平和になる。平和になって手打ちになる。組長にとって戦いとは、「戦いに勝って戦いをなくすためにあるもの」なのである。

「戦場」というのは、どう考えても「出会いの場」ではないので、組長には意味不明である。組長は、自分の脳がなにものかのテレパシー攻撃を受けて、真っ白になるような気がした。「ああ……」と叫びながら、自分のなにかが、宇宙の奈落へ向かって沈んで行くような感じさえ覚えた組長は、遠くのシャアの呼び声を、救いのように聞いた。

『他人の愛情』
ある意味、道徳教育に使えそう。
離婚宣言をする男。ミスをした仕事先の嫌なオヤジの説教で世界観が変わるネタふり。

そしたらオヤジは、「お前は、俺にばっかり謝ってる。俺に謝るのなんか、どうでもいい。どうせ上っ面なんだ。謝るなら、客の一人一人に謝れ―そういう意識がないから、つまんねェミスすんだ」って、怒んのよ。なんか俺、ポカンとしちゃって。
俺、オヤジの向こうにいる人間のことなんて、考えたことなかったのよ。言われて、「なんか、そういう考え方ってあるな」って、そん時初めて気がついたのよ。
オヤジがやだから、「やだ、やだ」って思ってて、そのオヤジ相手にしなきゃ、仕事になんねェから、そのオヤジのことしか考えてなかったのよ。「俺が持ってくものは、オヤジのためのもん」とかさ。そうじゃなくて、オヤジはまたオヤジの客を相手にしててさ、俺の持ってくもんは、その客のためのものなのよ。そういう風に説教されてさ、そん時に初めて、俺は、「ああ、そうか」って、分かったのよ。(略)
徳山商店のオヤジに言われてさ、「俺って、会社の中しか見てなかったな」って思ったのよ。「そうか、俺って、世の中に期待されてたのか」って思ったのよ。あすこのオヤジが、「俺のこと考えないで、客のこと考えろ」って言うのは、そういうことだろ?そういうことなんだよ。そういうことを、俺は二十八になって気がついたの。

ところが俺に文句ばかり言う妻の向こうには何もない。

その後に外歩いてて、しばらくしたら、道歩いてる人間が、みんな俺の「客」みたいに見えたのよ。「そうか、俺は、世の中に生きてるんだ!」とかよ。そんで家帰ったら、「こいつの向こうになにがいるんだ?」って思ったのよ。
(略)
あいつは、「働きたい」って言うから、仕事続けてるし。「仕事の面白さが分かって来た」って言ってるから、俺だって、「結婚して仕事辞めろ」なんて言わなかったし
(略)
あいつは、「なんでも自分で出来る」って思ってるから、壁にぶつかると荒れんのよ。
荒れてんだけど、そういうことを、自分で認めたくねェのよ。なにしろ、「頭のいい人」だから。そんで、荒れると、俺のアラ探しを始めんのよ。(略)
あいつが壁にぶつかってると、あいつは俺の「愛情」とかいうものを求めるわけよ。

でもな、あいつの向こうにゃ、誰もいねェんだぜ。あいつの向こうにあんのは、壁だけなんだぜ。自分で部屋の隅に寄ってって、「追い詰められてる私を救ってくんない」って、そんなことばっか言ってんだぜ。それって、「客のこと考えてねェ徳山商店のオヤジ」ってことじゃねェ?
「俺の迷惑より客の迷惑考えろ」って言わなかったら、あのオヤジは、ただのやなオヤジなんだぜ。
(略)
でもよ、あいつの向こうに誰がいる? なにがある? なんにもねェんだぜ。俺は、なにしてんの? ただの我がまま女の我がままに振り回されてるだけだぜ。なんで俺は、あいつの向こうにある「壁」を見なきゃなんねェの? あいつが勝手に、一人で部屋の隅に行ってるだけだぜ。

『BA‐BAH』
国道ではねた老婆は突如起き上がり噛み付いて消え去った。傷は治らず、やたらと眠く意識朦朧。

「こんな時は、あったかいご飯を握り飯にして、たっぷりキナコをつけて食うのが一番のごちそうだ」と思った。
「ああ……、あの碾きたてのキナコ……」と、口の中で生唾を湧かせながら、藍洞宇一は自分がどうしてそんなことを考えているのかが、よく分からなかった。
「なんでキナコが。”ごちそう”なんだ?」と思う。思うがしかし、喉の奥がキナコの握り飯を待っている。喉から手が出るほど、それが食べたいと思う。
「キナコだキナコ、キナコ食べなくちゃ」

コンビニに握り飯はあったが、キナコはなかった。
「なんでキナコがないの!」と、藍洞宇一は顎を突き出すようにして、レジの女の子に言った。「キナコ飯が食べられないよ」と言う藍洞宇一の手に中には、パック入りのメンタイコの握り飯が一ケだけあった。
「キナコ、置いてないんですよ。」

「一体、俺の体に何が起こったんだ?」と叫んでみると、突然頭の中を、見覚えのある車が突き進んで来る。車に撥ねられて気を失って、気がつくと元の自分に戻っているのだが、一体その元の自分というのが、なんなのか分からなくなっている―ような気がする。「俺はどうしてたんだろう……」と思って頭を振ると、答は「キナコの握り飯が食べたい」になるのだった。

『処女の惑星』
男の消えた地球。

昔の記録を見ていて、「愛情」という概念に気づいた。そういうものが、かつて特別な概念として存在していたことくらいは知っている。しかし、特別な関心を払わなかった。払うまでもなく、特別な概念として存在していることに対して、関心がなかった。かつて「愛情」と呼ばれたものは、社会の至る所にある。当たり前に存在するものを「特別の概念」として位置付けていた、そのこと自体が太古の特殊性だと思った。「人と人とが、個別に成り立たせる」ということが、よく分からなかった。成り立たせる前に、人と人との間には、「愛情」と言われるべきものが存在している。だからこそ、「愛情」という概念は、特別なものではなくなった。忘れ去られた。かつて「愛情」として特別に位置付けられたそのところには、空白がある。空白はあっても、不都合はない。だから、女はその前を素通りする。遠い過去の概念に不思議な執着を感じてしまう女は、船に乗って、海の向こうの大陸へ行く。「男が生まれるかもしれない」という、不思議な執着に冒された女達ばかりが集まり住むという、謎の大陸へ。
「そこでまた男が生まれた」という話は聞いたことがない。