ブレヒトの政治・社会論

ブレヒトの政治・社会論 (ベルトルト・ブレヒトの仕事【全6巻】)

ブレヒトの政治・社会論 (ベルトルト・ブレヒトの仕事【全6巻】)

所有

(略)
盗むことは不正だ? よかろう。でも、かならずしもすべての盗みが不正というわけではない? それもよかろう。しかし、どういう盗みが不正かってことは、さっぱりぼくらにはわかっていない---それがまずいのだ。

「成人したあるアメリカ人への手紙」(1944)
failures

30歳を越えても銀行預金すらない中流階級の主婦たちはfailuresだ、ということになる。この》failures《という単語を文化のコトバに翻訳することは、ほとんど不可能である。それは成功しなかったものを意味するが、それなら父親にだって、母親にだって、あるいは教師とか隣人にだって、それにまたボクにだって当てはまる。》failures《の状態も、同じようにほとんど翻訳不能だ。この状態を表現する単語は》frustration《だが、それは挫折、幻滅、当てはずれ、敗北を意味する。
(略)
夕暮れにそびえるマンハッタンの高層住宅は、ひとに息をのませるかもしれぬが、胸をうつことはできない。シカゴの屠畜場、峡谷の発電所、カリフォルニアの油田---これらのすべてにこの抑圧され、幻滅させられたものが付着している。すべてが、failuresのように作動しているのだ。絶望的な野蛮さと満たされることのない暴力のにおいが、いたるところに立ちこめている。五年間のうちで、ぼくが芸術に似たものを見たのは、ただ一度だけであった。サンタ・モニカの海岸にそって、いく千人の海水浴客の眼のまえで、細いワイヤーロープに繋がれ、モーターボートに引かれながら、まるで竜のように浮かんでいた繊細な色彩の愉快な作品がそれだ。それは、ある皮脂会社の広告であった。

to sell

つまり<売る>ということばには、誰かを口説いてその見解を売りつける、という意味も含まれているのだ。もともとそれは、だれかの胸に、まさに売りはらうべきものへの抑えがたい欲求を生じさせることを意味するにすぎない。で、ひとりの男が夫婦生活のあるできごとを、こんなぐあいに書くこともできるわけだ。かれはいう---土曜日に、おれは女房に性交を売った、つまり、おれは女房がアレを性交として買い入れ、それにたいする欲望を感じるようにしむけてやったのだ、と。ひとはまた、こんなこともいう---大統領は、国民に戦争を売りつける任務をもつ、と。かれは国民に、戦争がかれらにとって好ましいものであることを、つまりそれが必要であることを、認めさせねばならないのだ。