ネット時代の反論術

前日の続き。

ネット時代の反論術 (文春新書)

ネット時代の反論術 (文春新書)

「見せかけの論争」

の場合、相手よりギャラリー、味方へのアピールが肝心。「構造改革」で行くなら、いかにバカにされようがひたすら「構造改革」ワンフレーズをリピートする面の皮の厚さが肝要。シュミットにならって、「郵政民営化、是か非か」と敵味方をくっきりさせましょう。敵はどうせ敵なのだから、認めると致命傷になる追求は断固認めず、味方に余裕があるように見える程度にはぐらかす。敵が自分ではなくギャラリーを相手にしていることに気付かずエキサイトして自説を主張しているとイタイ人に思われ損をします。

  • 固定した「味方」がいない人は、まず「敵」をつくれ
  • 相手の攻撃に動揺するな。味方へのウケだけを意識しろ。
  • 相手が誰に向かって話しているのかまず見極めろ
  • 雑魚は捨てろ、決定力のある人間を味方にしろ
  • バカに徹して、ワンフレーズアピール

こんな受験テクニックのような事を書いていると寒々しいので、上記テクニックでほくそえんでいる人間に冷や水を浴びせる文章。
君は有名かい。唇寒しアロハブロガー

自分に守るだけのイメージがそもそもあるかどうか、まず客観的に考えてみることです。(略)
[社会的に有名でない限り]周りの人は、あなた自身が思っているほど、高く評価していませんし、無視していることの方が多いでしょう。周りから何とも思われていないのに、格好よく見せようとして、格好よさげにトークしていたら疲れるだけだし、後で、何とも思われていないと分かったら、無茶苦茶に疲れます。
ほんとうは周りから高く評価されていないというのは薄々分かっているけれど、目の前の相手に「負ける」のはどうしても自分のプライドが許さない、というのであれば、むしろ第4章を参考にしてください。

薄々分かっているw、涙で前が見えないw。

  • アカデミックな論争

では「見せかけの論争」とはちがうアカデミックな方々の論争はどうかといえば、結局「答えはひとつ」じゃないので明確な白黒はつかない。
「法の正義が社会的力関係で決る」のと同様

社会的な力関係で決まってくる「正しさ」が、自分の現在の立場・主張に近いように見せるため、一定のルールに従って、証拠を出し合っているのが「論争」なのです。特に、国や地方の議会、各種審議会、各種団体の役員会、大学の教授会、学級会などのように、拘束力のある決め事をするための「論争」の場では、露骨に社会的な“正しさ”とのすり合わせが図られます。

  • 答えにくい質問は先に相手に答えさせ心理的に追い込め。

その他色々と細かいアドバイスが書いてありますが、まあそれは読みたい人が読んだらいいや。


相手の悪口から相手のコンプレックスを知れ

相手がいきなり何の脈絡もなしに---としか、少なくとも当の自分には思えない仕方で---悪口を言ってきたとしたら、たぶんそれは相手がふだん気にしていることなのです。
かつて私はブログで、「仲正氏は何を言いたいのかよく分からない。もっと文章の書き方を勉強してほしいと思う」と書かれたことがあるのですが、直感的に、「あ、この人、どこかで同じようなことを人に言われたな」と思いました。

ブログ日記などでよく見かけますが、どんな本を読んでも必ず、「論の立て方が弱い」とか、「強度がない」という“感想”を述べたがる人がいます。「強度がない」って何なんだと思いませんか(笑)。(略)
こういうことを言いたがる連中は、大学の先生や先輩とか、読書サークルの仲間からそう言われて、トラウマになっているのでしょう。

トラウマ暴いて鬱にw

そういう唐突な人にはまず、言いたいことをいろいろしゃべらせたうえで、本人のトラウマになっているものを推定し、絞り込んでいって、最後に「これがおまえのトラウマだろう」という感じで言い当てて、向こうのやってきたことを送り返してやったらいい。そうすると相当、ダメージが与えられるはずです。完全に暴かれたと思ったら相手は黙ってしまうでしょう。それこそ鬱になるんじゃないかな。

では最後に、脊髄反射コメントはムカツクという話を引用してサヨウナラ。

言うまでもないことですが、「脊髄反射」する人に「反論」するのはかなり困難です。相手はあなたの書いた文章を最初からまともに読んでいないので、「反論」をちゃんと読んでくれるとはあまり期待できません。言いたい放題言って、既に満足していて、もはや関心がないかもしれません。

一言二言聞きかじっただけで、全体を判断するような慌て者による脊髄反射、批判とは言えないような「批判」を受けると、自分の人格を否定されたような、ムカついた気分になります。

相手が「あまりにもひどい」時は、意外と腹が立ちません。(略)
腹が立つのは、一見してきちんと整った表現をしているように見えながら、肝心なところでひどく失礼な物言いをしているようなものです。他のことでは、「まともそうなことを言う人」なのに、「この私」に対しては、“軽く批判”してすませようとしているように見えると、ムカつきます。

なんかすげえ「やまがた」だな。
https://kingfish.hatenablog.com/entry/comment?date=20040413#ckingfish.hatenablog.com
オレガノペコロス
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