株式会社に社会的責任はあるか

パラッと。

株式会社に社会的責任はあるか

株式会社に社会的責任はあるか

  • 作者:奥村 宏
  • 発売日: 2006/06/20
  • メディア: 単行本

持株会社のきっかけ

もともと株式会社は個人によって出資され、株主になっているのはすべて個人であるという前提に立っていた。(略)
1889年、ニュージャージー州会社法は、会社が他の会社の株式を取得し、かつ所有することを認めることにした。これによって持株会社の設立が可能になったのだが、そうすれば多くの会社がニュージャージー州に本社を移すので、それによって州の税収を増やすことができるということを狙って、州議会でそのような法律を作ったのである。デラウェア州など他の州もそれに対抗して同様の法律を作るようになった。(略)
[ちょうど反独占運動によってトラスティ方式*1による企業合同が禁止になったところだったので、大企業は持株会社方式に殺到]
こうして19世紀末から20世紀はじめにかけて、アメリカでは第一次合併運動が起こり、産業の独占化が連んだ。会社が会社の株式を所有するということが株式会社の原理にかかわる大問題であるにもかかわらず、そのような原理的な問題をなんら考慮することなく、ただ州の税収を増やすために州法を改正した結果がこのようなことをもたらしたのである。これによって株主はすべて個人であるという株式会社の原則が崩れていった。

資本金ゼロ可

資本金、あるいは自己資本を担保とすることで株式会社の有限責任を認めるという前提からすれば、日本の株式会社、そして銀行の多くはいずれも株式会社の原理に反したものであるということになる。そしてそれは銀行をつぶさないという国家の保護のもとではじめて可能とされているものである。(略)
これまで日本の商法では株式会社の最低資本金は1000万円とされていたが、2005年の会社法改正で、資本金は1円でもよいということになった。資本金1円の株式会社ということは資本金ゼロの株式会社というのと同じで、それは全く資本金の裏付けのない会社である。J・S・ミルがもしこれを聞いたら驚くに違いない。

企業それ自体論

株式会社が大きくなるとともに、株主の数が増え、継続的な投資株主と投機的な株主とに分かれていく。そして一時的、投機的な株主は企業自身の利益に無関心で経営者と対立するようになる。このような一時的投機的株主から「企業それ自体」の利益を守らなければならないという。
このラテナウの「株式会社論」の主張を大隅健一郎氏は次のように要約している。
「彼(ラテナウ)は経済的現実の洞察を通じ、株式会社企業が家族的・組合的企業から近代的大企業への発展において、一方において内部的に投資株主と投機株主との分化による構造変革をとげるとともに、他方において外部的に国民経済的な全体に所属する因子として強く公共化せられた事実を確認し、会社理事者はかかる企業に体現する公共的利益の受託者たるものとして、その自由な活動と決定力を必要とし、その限りにおいて小株主とくに投機株主の私経済的利益が制約せられることはむしろ当然であるとするのである。従ってそれは、固有権の理論や株主平等の原則による小株主の利益の擁護を中心として構成された従来の株式会社法理論に対し、企業に体現する公共的利益の保護を中心とする新たな株式会社観として著しい対照をなすものといえる」。

ナチス

1937年のナチス・ドイツの株式法では、株主総会の権限を法律および定款において明示的に定められた事項のみに制限し、会社の指揮および業務執行の権限はもっぱら取締役の手に委ねた。こうして取締役はもはや株主総会の下位に立つ単なる業務執行および会社代表機関ではなく、自己の独立の権限と責任において会社を指揮する指導者となり、株主総会は主として会社の法律的および経済的基礎に関してのみ決議をなしうるということになった。これはナチスの政治原理である指導者原理の株式会社への導入として行われたのであるが、それは「企業それ自体」の思想を受け継いだものである。

報恩会

[恐慌のさなか]財閥家族は栄耀栄華を極めていた。そこへさらに財閥系銀行や商社による「円売り、ドル買い」が行われたところから、財閥批判の声が右翼や軍の青年将校から起こり、これが[1932年三井財閥大番頭]団琢磨暗殺へとつながっていったのである。
団琢磨が暗殺されたあと、三井合名の常務理事になった池田成彬は、社会事業への献金、三井一族の第一線からの引退、傘下会社の株式公開、対満州開発協力という「財閥転向」策を打ち出した。そして社会事業への献金として、三井家が3000万円を出資して三井報恩会を1933年に設立した。これは日本の寄付史上、最高額であったが、これを含めて1933年から36年までの間に三井財閥が行った寄付は合計6000万円に達した。今日の金額にすると数百億円だが、これに対し三菱財閥も同じ期間に約1500万円を寄付した。
このように企業批判に対しては社会事業への寄付によって対抗するというやり方は戦前から今日まで一貫している。ただ、名前が寄付から社会貢献活動、あるいはフィランソロピーメセナと変わっているだけである。

*1:トラストに参加する企業がその株式を受託者団(トラスティ)に預託し、それと引き換えに企業資産の評価額に相当するトラスト証券を受け取る方式