森達也の夜の映画学校

正直森達也に関心はなくて、ないなら借りるなという話だけど、ちょうど黒木和雄の『日本の悪霊』を観たとこだったので、ツイ。結論ありきのマイケル・ムーア手法を堕落だと批判している森が、自分のフィールド外で斎藤貴男チックな発言しちゃうのも堕落じゃねえのかと。たしかにマイケル・ムーア手法はアレだとは思うが、ここ(id:kingfish:20041108)に書いたように、映画が評価されても、GMが戻ってこないんじゃ意味ないと考えてしまう、ドキュメントで世間を動かせないなら意味ないよ考えてしまうのなら、ああいうやり方になるのは首尾一貫していると言える。ともかく『ロジャー&ミー』はイイヨと。

森達也の夜の映画学校

森達也の夜の映画学校

黒木和雄との対談。

フィクションはほんとうにないものをまったくでっち上げますけど、ドキュメンタリーはあるものをどうでっち上げるかというね、決定的な違いですね、それは。永遠の違いです。

そう語る黒木に対して、一旦撮影してしまえば、映像素材としては同等で、編集していく過程はフィクションもドキュメンタリーも一緒じゃないのかという森に対し、「いや、まったくちがう」ときっぱり否定する黒木。

でも劇映画も、撮影した瞬間はあるものになってますよね? つまり黒木さんが原田さんに対して演出をしないっていうのは、予測できない原田さんの台詞回しや動きを記録したほうが面白いとの判断ですよね。それは言い換えれば、原田芳雄という個性が、状況に対してどう反応するかを記録したドキュメンタリーでもあるわけです。

とねばる森だが、シナリオのあるなしが大前提と黒木。

シナリオがなくても撮るという是枝裕和さんや諏訪敦彦さんみたいな方が出てきてらっしゃいますけど、それはもうよくわかることで、それはそれでよくわかりますけれども、それはちょっと違うんじゃないかと、危惧しています。

黒木の『海壁』PR映画でありながら後半生態系破壊の文明批判になってるじゃないですかという森に対し

黒木 僕は東京電力の偉業を賛美するために作ったとしか思っておりませんが。森さんにしては過大評価に過ぎる。ちゃんとご覧になってないと思いますね。
森 はい、すみません。……念を押しますが、批評性を込めた作品じゃなかったんですか?
黒木 完全なチンドン屋映画です。

緒方明との対談。1978年、長谷川和彦は自主映画を見まくって、その中で面白かった黒沢清石井聰亙に助監督にならないかと声をかけた

そうしたら、黒沢清はなりますって返事して『太陽を盗んだ男』のスタッフにつくわけですね。でも、石井聰亙は「俺はあんたとライバルですから、なりません」と言って、自分のプロダクション「ダイナマイトプロ」を作る。長谷川さんが「緒方明を貸してくれ」って言ったときに「貸せません」って師匠は言ったらしいです。「あいつは俺の助監督です」って断った。師匠は生意気ですよね。一方、黒沢さんはプロの仕事だったら何でもやるっていう姿勢で。しかも、黒沢さんがすごかったのは『太陽を盗んだ男』の現場の仕事は弁当運びなんですよ。助監督じゃなくて。もう製作進行の一番下の弁当運びなんだけど、毎晩台本書いていたっていう人なんです。(略)長谷川和彦さんが現場でわけわかんなくなってたから「黒沢、台本書け」と。それで、その時に書いた2人が黒沢清相米慎二なんですよ。

映画祭に招待され喝采を浴びて、一週間後に弁当運び

僕も『A』でベルリン国際映画祭に招待されたことがあるんだけど、1999年。そのころ、ほとんど仕事がなくて、全然収入がなくて。
[NHKbs-hi地方祭り番組のADの口が]
そこで僕がやった仕事が、ロケ車のケーブルさばきと、ゲストやチーフプロデューサーヘの弁当運びなんです。ギャラはまあまあいいんです。お金のない時代でほんとうに助かった。でもベルリン国際映画祭で観客のスタンディングオベーションを受けて帰国した一週間後に弁当運びやって、NHKのプロデューサーから「弁当、遅いぞバカやろう」とか怒鳴られて「すいません」とか言いながらぺこぺこして、でもいま思い返しても、屈辱とかそんな気分は全然なかったな。そのうち笑い話になるだろうなと思っていた。その意味では、これはこれでいいやと思っていた。

『高校大パニック』日活から共同監督でリメイクの話が来て、仕切れると思い受けた石井聰亙だったがスタジオシステムの厚い壁に挫折

思い上がってたんでね。何でもできるって。自分が撮れば最高だって思ってたんで。結局スタジオシステムがまだありましたもんね。(略)こちらが何もできる状況ではなくて。それでも自分が入ることで少しでもよくなるだろうと思って、がんばったんだけど……。でも、なかなかいい経験でしたね。(略)いじめられました、サンドバッグみたいに。(略)そのときの悔しさが自分には非常にバネになってますが。こんな古いやり方をしているから日本映画はだめなんだって思ってましたから。ただスタジオシステムで培ってきたものがありますから、セットで撮るということとか、大人数のスタッフをどうやって監督にうまく結びつけるかとか、そういうことは自主映画では経験できないことなので、きっちり盗んで自分のものにしてこようっていう気持ちはありましたね。

  • 余談・ネット記事から:小説のような動機だなあ。

井原容疑者は約4年前に転居したが、以前住んでいた自宅の様子が気になって侵入したことがきっかけで、盗みを始めたという。「他人の家の中がどうなっているか興味がわき、自分が持っていないものを盗んで帰るようになった」などと供述しているという。