ブラッドベリのひきこもり小説

バビロン行きの夜行列車

バビロン行きの夜行列車

文学界12月号で春日武彦ブラッドベリの「目かくし運転」を題材にしていて、
あっ
と思ったのです。何について「あっ」と思ったかは後で触れるとして、本題に。この短編が実に泣かせる「ひきこもり」小説なのです。絞首刑執行人のような覆面で「目かくし運転」をして人目を引き商売する車のセールスマンと少年の会話。

わたしの顔を想像するとしたら、たぶんふたとおり考えられるんじゃないかな。ひとつは悪夢そのものの、身の毛がよだつような顔。恐ろしい歯に、むき出しの頭蓋骨、決して癒えない傷痕、といった具合だ。もうひとつは(略)のっぺらぼうさ。まったくなにもない。剃らなきゃいけない髭もない。眉毛もない。鼻もほとんどない。瞼もほとんどなくて、目玉だけ。口もほとんどなくて、傷のように切れているだけ。あとは空っぽの広がり、雪野原、空白。だれかがわたしの顔を描き直そうと消してしまったみたいに。さあ。これがふたとおりの解釈だ。きみならどちらを選ぶ?

そこから車を売るためだけにここに来たのではなく、孤独な生活から抜け出し友達をつくるために来たという話になり

わたしが心から願っているのは、もし、もう一度人々の川に入って、流れを歩いて、そこにいる人たちやよそからきた人たちや、いろんな人たちの流れの一部になれたら、思いやりとか友情とか愛情みたいなものが、わたしの顔を溶かして変えてくれるんじゃないかってことなんだ。

われわれはみんな川の流れのなかにいて、おしゃべりをきいたり、教師から影響を受けたり、いじめっ子にどつかれたり、女性という奇妙な生き物からみつめられたり触られたりする。そのひとつひとつを飲みこんで栄養にするんだ。朝の紅茶や夜食のスナックみたいに、それを食べて成長していく。そうしなければ人間は成長しない。笑いもせずしかめっ面もせず、なんの表情も浮かべなくなる。ただそこにいて、溶けたり凍ったり、走ったりじっとしたりしているだけだ。わたしは長年、そうやって成長せずに生きてきた。だが、ようやく今週になって勇気を奮い起こしたんだ

そして男は覆面をとる。月のない夜。少年は「怖いから」と言ってその顔を見ない。
別の日、少年はきれいな顔になれば、逆に覆面を取る必要はなくなるのではないかと、男に言う。

「そうだよ。だって、覆面をしてもしなくても、関係ないもん。覆面の下がなにも問題ないってことが、ほんとうにわかっていればさ。ね?」
「たしかにそうだ」
「そしたら、あと百年だって覆面をかぶったままでいればいい。覆面の下がどうなっているかはぼくたちだけの秘密にして、だれにもいわないし、気にもしない」
「ふたりだけの秘密か。で、覆面の下のわたしの顔は?とびきりハンサムってわけか?」

男は泣く。うれし涙。
さらに少年は「元々覆面が必要なかったのでは」という新しい仮説に突入。男に衝撃を与える。

「うん。ずっと昔、顔を隠さなきゃいけない、目の穴も開いてない覆面をかぶらなきゃいけないって自分で思いこんでしまっただけだとしたら? 事故も火事もなくて、そんなように生まれついたわけでもなくて、どこかの女の人に笑われたわけでもないとしたら、どう?」
「つまり、わたしの勝手な思いこみで、こんなものをかぶって悲嘆にくれていたというのかい?そうして長い年月、この覆面の下には恐ろしい顔かのっぺらぼうの顔があるものと思いこんで生きてきたと?」
「ちょっと思いついただけなんだけど」
長いことふたりとも黙っていた。

実は覆面には見える仕掛けがあるのじゃという少年に

わたしが死んだらきみにこの覆面を遺すことにしよう。じっさいにかぶってみれば、どんな暗闇が広がっているかもわかる」
そういうと顔をこちらに向けた。彼の目が黒い生地を焼きつくさんばかりに燃えているのが感じられるようだった。
「いまこの瞬間、きみの肋骨を透かして心臓がみえる。ちょうど花か拳みたいに、開いては閉じ開いては閉じしている。信じるかね?」

そして唐突に男はビルを登る「蠅男」になると宣言して話は終わる。
ブラッドベリはあとがきで12歳の時に見たビルを登る「蠅男」の思い出がもとになっていると書いている。春日氏はそのビル男が転落して顔が潰れるところを連想して書かれたものじゃないだろうかと書いているのだが、僕はたまたま別の文芸誌で題材にされていた小説が頭にあったので、「あっ」と思ったのです。*1
それはホーソーンの「牧師の黒のベール」。ある日突然黒いベールをつけ人々を恐怖させた牧師の話。と興味を抱かせたところで明日につづく。

ファミレスのボタンを2回押すとどうなる
おぎやはぎの回答

矢作「もうもどらなくなる」
小木「2回押したか聞いてくる」

それより来週の「ネタの影武者」はだいたひかるですよ。これはかなり期待大。

*1:追記:これは別の文芸誌じゃなくて、同じ春日氏の連載だった。