ブライアン・イーノの日記

1995年のブライアン・イーノの日記

A year

A year

パルプ・フィクション」批判の一部

これが達成しているリアリズムは、別種のリアリズムを売り渡すことで実現されているような気がする---その行為は文化的な背景に包み込まれて、ロマンチックで安全なものとなっている。その意味でこれは、「ランボー」や「ターミネーター」と奇妙な関係を保っている。

ルー・リードに会ったので、20年前『ディスクリート・ミュージック』と同じ週に発売されたルーの『メタル・マシン・ミュージック』について。静とノイズという対極にあった両者だが

当時なかなか目新しかった軸の両端に位置していた---それはつまり、とけ込むものとしての音楽、自分がその中を漂う音響的体験としての音楽である。アンビエントのルーツだ。

ディスクリート・ミュージック

ディスクリート・ミュージック

Metal Machine Music

Metal Machine Music

ノイズについて

音楽史の一派は、音楽におけるノイズの進化とその純粋さに対する勝利をたどるだろう。ルネッサンスは明瞭で純粋なトーンと、均質で構築的な声を求めた。それ以来、これが一貫して主流からはずれてきて、作曲家から作曲家へいくたびに、もっとこすれるような複雑な音色を探すようになっている。
(略)
ノイズの源はひずみと複雑性だ。ロックはひずみに基づいて構築されている。つまり、物事はノイズによって劣化するのではなく、豊かになるのだという考えに基づいて。なにかがノイジーになることを許すのは、それに複数の読みを許すということだ。共鳴を倍増させる方法なのだ。
それはまた、「媒質(メディア)を落とす」手段でもある---これによって、自分のやっていることが素材からあふれ出そうだという印象を与えるわけだ。「おれはこのメディアには大きすぎる」というわけ。

バンドエイドには批判的なイーノではあるが

もしあれを全地球的なセレモニー、集会、巨大な全地球的パーティーとして見れば、まったく新しい意味を持つようになる。人々がお互いのちがいではなく共通性を祝うというシリーズ初のものになり得る(またはすでになっている)。そう考えれば民族主義国家主義や民族分裂に対する解毒剤となる。うん、確かにそれは無意味な「みんなでいい気分になりましょう」主義だが、しかし実はそんなに「無意味」ではない。このような、信念に基づく行動以外にわれわれを協力させるものといえば、ほかに何があるだろう。非常事態だけではないか。

イーノ、思い出し怒りの巻

ヴァージンはDEVOのロイヤリティを一銭も払っていない---あれはわたしが自分でリスクを負ってプロデュースし、自腹を切ったのに。連中は何もしてないのだ。

使用料。暴力的なので断ったが。

映画「ポークチョップ」にTheRiverを使わせてくれと依頼。心が動く(3万ドル)が断る

厖大な補遺あり。というかある意味補遺の方が中身が濃いので、忙しい人は補遺から先に読んだ方がいいかもしれない。
NYのMoMAでの講演前、高い保険をかけて運ばれてきたデュシャンの「泉」を見て、イーノは考える。なぜ現地調達しないのかと。

デュシャンがこの作品をつくったときの態度を考えれば---かれ自身のことばを借りれば、「まったくの美的無関心をもって」つくったというのだ。わたしには、作品理解が完全に混乱しているとしか思えない。デュシャンがはっきり述べていたのは、「そこらのどんな古い小便器だろうと---それをいうなら、どこのどんなものだろうと---芸術作品だと称することができるのだ」ということなのに、キュレーターたちは、この特定の小便器だけが芸術作品であるかのようにふるまっている。そうでないと言うなら、なぜほんとにそこらにある小便器を展示しないのだろう---角の水道工務店で、ずっと安く買えるものなのに?

そこで60センチのビニール管に己の小水を充填し、警備の目を盗み展示ケースの隙間から、例の便器に放尿。国会議事堂にションベン?長プチ?クソぶっかけてやる?チョシュ小力?

この一件をもとに講演を行った。その日の流行りことばは「脱商品化」だったので、わたしは自分の行動を「再商品化」と称したのだった。

ありえない未来(1992年初出)

プロセスとしての旅行が復活する。人々は「A地点からB地点へ行く」という考え方をやめ、旅の文化を発展させる(あるいは再発見する)---半遊牧主義である。多くの人々が最新型のファックスとモデムを備えた移動家屋を取得する。一つところに住むことは、はっきり「下級層」となる。高速輸送は、現在ファースト・フードがそう考えられているように、安っぽくて、魅力がなくて、まがい物であるとみなされるようになる。