不機嫌なメアリー・ポピンズ

ブリジット・ジョーンズの日記』と『高慢と偏見

アメリカ映画『クルーレス』がジェイン・オースティンの小説『エマ』の「ビヴァリー・ヒルズ版」ならば、一九九六年に出版されてベストセラーになったヘレン・フィールディングの小説『ブリジット・ジョーンズの日記』は、『高慢と偏見』(一八一三年)の「九〇年代ロンドン版だと言えるかもしれない。
(略)
ヘレン・フィールディングは『ブリジット・ジョーンズの日記』に関して、「厚かましくも『高慢と偏見』の筋書きを盗みました。なにしろ一世紀以上も人気を保っているのだから」と述べている。
(略)
[ブリジットはBBCドラマの『高慢と偏見』の大ファンでダーシー役の男優とダーシーを混同している]
これはかなり露骨なパロディであり、『ブリジット・ジョーンズ』をフェミニズムやポスト・フェミニズムを含むさまざまな立場から分析しようとする試みに対して、フィールディングが「自分ははたんに面白がって書いたのだ」と返答しているのもうなずける。

上流階級になるには

両親が二人ともワーキング・クラス出身で、コネも財産もない人間が、アッパー・ミドル・クラス以上の子弟が通う寄宿学校で教育を受けただけで、両親とはまったく違う階級の人間になってしまうというのがイギリスの階級の特徴をあらわしている。

上流階級はインテリではない

この「教育」は必ずしも知識や教養を教え込むことではないのも、イギリスの特徴だろう。じっさい、イギリスの上流階級では「インテリである」ことは美徳とされない。と言うか、上流階級に限らず、「インテリは非イギリス的である」というのが、イギリス人が好んで自分たちにあてはめるステレオタイプである。しかしもちろん、ミドル・クラスの人々は、自分がきちんとした教育を受けたことを披露するために、知的スノビズムに陥らざるをえない。したがって「インテリではない」ことを安心してひけらかすことができるのは、アッパー・クラスとワーキング・クラスなのである。

狐狩りも必須

田舎を愛し、その生活に精通するのは、アッパー・クラスの人間の条件であった。イギリスで、その禁止が大論争の的となった「狐狩り」も、したがって、イギリスの田舎の生活の重要な部分であり、アッパー・クラス文化の伝統の一つなのである

ファウルズ『コレクター』

ワーキング・クラスに生まれ、教育を受けてホワイト・カラーになった典型的ロウアー・ミドルのクレッグがアッパー・ミドルのミランダを拉致

彼女は、自分のアッパー・ミドル・クラスの人々が芸術を理解せず、「ピカソバルトークも猥褻か、そうでなければあざ笑う対象だと思っている」ことに我慢ができない。そしてその階級の「猿真似」をするクレッグの階級にも嫌悪を覚えるのである。

H・G・ウェルズはアッパーに利用されたくないと思ってはいたが

自らの能力と努力によって上昇しようとする人間には、それ相応の機会が与えられるべきだと信じていた。つまりそれは、生まれた階級が低かったものは、もし能力があれば、上にあがることができるべきだという信念であり、イギリスの当時の階級制度そのものの根本的な批判ではない。

だからマルクス主義に対してはかなり辛辣

私がマルクス主義にはじめてきちんと出会ったときはすでに、科学学校で生物学を一年以上勉強していた。だから私は、たんなる恨みと破壊に基づいて世界を再構築するという、まことしやかで神話的で危険な概念---階級闘争---を、それと認識することができる状態にあったのである。(略)
ブルジョアに対する彼のスノビッシュな嫌悪は、マニアの域に達していた。何かことがうまくいかないときには、誰か他人のせいにして、激しく非難するというのは、世界中の凡人の自然な性向である。マルクスは人間の衝動の中でももっとも薄っぺらで卑しいものに、もったいぶった哲学というポーズを与え、苦悩する大衆のうちでも活発な精神を持つものは、きわめて迅速にこれを受け人れたのである。

イギリスの高校生は大変だね

ジョン・ファウルズの小説『コレクター』のヒロイン、ミランダは『お高くとまった、リベラル・ヒューマニストスノッブ』だと作者自ら評している。作品の中のミランダの日記から、彼女のこの要素がどのように読みとれるか、論じなさい」
これはジョン・ファウルズの作品についてのイギリスの参考書に収められている練習問題の一つである。イギリスの高校での英文学の授業はこういった問題に答える作文を書くことが中心となり、試験も、このような作文形式で行われる。学生はテクストの重要そうな箇所を必死で暗記し、テクストから具体的な例をあげ、暗記した箇所を引用し、作文を書き上げる。

アレックスが「労働者階級出身の不良」というステレオタイプにはまるのを避けるためにバージェスは『時計じかけのオレンジ』で架空の言語をつくった。ロシア語・庶民の話す英語・rhyming slang・ジプシー言葉をまぜたものを作った。それがnadsat(ロシア語でティーンエージャーを示す接尾語)。

女性の胸は、ロシア語のgrudをとってgroodiesとなり、「よい、素晴らしい」を意味するkharasho(ハラショ)はhorrorshowとなる。

rhyming slangとは。

「カエル(frog)で70マイルやっていたら、コダラ(haddock)のウサギ(rabbit)がいかれちまった」先日知り合いの中古車ディーラーが私にこう言った。私がまったく理解していないのを見ると、彼はもっと丁寧な説明を始めた。「カエルとヒキガエル(frog and toad)を時速70マイルで走っていたら、コダラとニシン(haddock and bloater)の中のウサギ小屋(rabbit hutch)が動かなくなったんだ」(略)
つまり、roadという代わりに、意味はまったく違うが、韻を踏む単語であるtoadを使い、しかもtoadそのものならばまだわかりやすいが、toadとの語呂合わせのfrog and toadというフレーズを使うばかりでなく、それを省略して、frogという単語のみを使う。
[以下、車(motor)がbloater、クラッチ(clutch)がhutchというわけ。]

最近のrhyming slangはこんなのがある。
apple and pears =stairs
Britney Spears =beer
Calvin Klein =wine

rhyming slangは警察に聞かれてもわからないように、犯罪者が使っていたという説もあるが、少なくとも現在では、「頭の回転が速く、独特のユーモアとウィツトに富む、陽気なコックニーの言葉」というイメージが定着している。