十八世紀、素人音楽は太陽だった

音楽における女性差別てなフェミ本。それはそれで面白いのだが、とりあえず後回しにして、これを借りた目的である十八世紀音楽におけるプロアマ問題から。まあ別に素人万歳というつもりもないが、既製音楽ばっかり聴いてんな!という毎度毎度な恨み節ではある。

楽器と身体―市民社会における女性の音楽活動

楽器と身体―市民社会における女性の音楽活動

音楽がサブカルだった時代。建築、絵画、彫刻、文学は芸術として認知されていたが、音楽家は1760年から1830年頃まで他の芸術と同等になるため闘わねばならなかった。モーツァルトは実用音楽提供者とみなされていた。
素人が支え、素人が主役だった十八世紀の音楽。

十八世紀、あるいは少なくとも十九世紀初めのウィーン会議まで、ディレッタントは、文字通り芸術の愛好家という意味で中立的に捉えられていたばかりでなく、市民階級がみずからの音楽生活を築きあげ、制度化するにあたって、かけがえのない存在であった。愛好家、あるいは「芸術の友」とも呼ばれていた人びとは、一七五〇年以降、器楽レッスン、楽譜、楽器の需要を生みだし、公開演奏会の聴衆となり、音楽生活を組織し、推進していくという重要な機能を担うようになったのである。十八世紀から十九世紀への世紀転換期には、小都市でも愛好家によるコンサートが定期的に開かれるようになり、さまざまな職業についている市民階級の人びとが、プロの音楽家と肩を並べて演奏した。また、多くの音楽協会によって開かれた半公開の発表会においても、主役は愛好家であり、職業演奏家はいわば特別ゲストとして出演したにすぎなかった。

カール・フリードリヒ・クラーマーは「芸術をより完璧にしていくには熱意が必要であるが、音楽を生業とすれば熱意を維持するのは難しい」から愛好家がプロより上であるとした。

他方、新しい器楽音楽の要求に応えるべく、ギルドにおける古い職業教育構造から徐々に転換を図りつつあったプロの音楽家にとって、ギャラのいらない「安あがりの」ディレッタントは、歓迎されざる競争相手だと考える人びともいた。

プロの苦しい生活、素人への恨み節。

たとえばピアニストならば、お抱えで雇われずともそこそこの生活は送れるだろう。それでも、彼を経済的に支えている何人もの雇い主の意に従ったり、朝から晩までレッスンに明け暮れる生活に耐えうるだけの自制心は必要なのである。しかしもっとも悲惨な状態に置かれているのはヴァイオリニストである。彼らはなにごとも無償で行うことが求められる。なにしろ、上手下手は別として、いつでも喜んで演奏を引き受けようと待ちかまえているディレッタントが十人は控えているのだから。プライヴェートアカデミーで演奏して報酬が得られることはめったにない。(略)このような困窮状態のために、多くの音楽家は、文化の香りなどみじんも感じられず、倫理的にもすさんだ、放埓な生活に陥っているのである。

そしてプロが勝ち、素人はコケにされていく。

数十年におよぶ愛好家と職業音楽家との競争は、後者が勝利を収めるかたちで決着がついたというだけではなかった。「ディレッタント」や「ディレッタント的」といった概念が否定的なニュアンスを帯びるようになり、今日にいたるまでそのような意味で使われる結果になったのだ。クラーマーによって高く評価された「芸術に対する熱意」に代わって登場してきたのが、商業化と利益の追求であった。そして、音楽生活のその後の展開は、クラーマーが正しかったことを遅ればせながら証明することになったのである。十八世紀後半ほど、市民階級のディレッタントたちが多様で生き生きとした音楽実践を繰り広げた時代は、もはや二度とやってこなかった。

金がいらぬとは当然言わぬが、恥ずかしさを意識しないですむシステムに繰り込まれてしまうのは問題ではなかろうか

この場合、オペラ歌手のように公衆の面前に身をさらすことをためらう気持ちが市民階級の女性にあった以外に、とりわけ報酬の問題が重要であった。報酬を受けとるか受けとらないかということは、ディレッタントと職業音楽家を分けるうえで決定的な基準であった。一八〇○年頃のコンサート報告では、子どもの演奏家が舞台に上がった時でも、おそらく親の金儲けのためと勘ぐられることを避けるために、ディレッタントであるという断り書きがされている。この時代の偉大な女性ピアニストたちは、ごくわずかな例外を除くと、みな無報酬で演奏した

1783年の『音楽マガジン』より。18世紀の中村とうよう節。

金もうけのためにだけ催されるようなコンサートを、他のものと同列に論じるわけにはいかない。このようなコンサートを開くのは、たいてい旅回りの音楽家である。これらの演奏家は、さしずめ、誰もが欲しがりそうな商品ばかりを並べて売る商人のように考えられなくてはならない。彼らが何を演奏するかを決定するのは、流行や聴衆の好みである。したがって、コンサートのレベルもおのずと推測されようというものだ。かつてのように、本当にすぐれた技量をもつ演奏家だけが各地をまわってコンサートを行っていた頃には、そういったコンサートが、他の土地のさまざまな趣味や演奏法を聞き知る絶好の機会を音楽愛好家に提供してくれたものだった。しかし今では半可通や子どもが、自分の未熟な技術をひとかどの人物にまで聴かせる場として、これらのコンサートを利用するようになってきている。そしていうなれば世界のいたるところで、未熟な芸を売り歩いているのである。

明日はフェミ話だ。わーい。