市川雷蔵と三島

ER一挙放映etcでダラダラ過した正月を終え、年賀状の習慣がない人間でもなんとなくトリ年らしいことに気付き、猛然と曲作り。結局、音楽制作すればココを書く暇がなくなるし、ココを書けば逆になるわけだなあ。書くことは色々溜まっているので、ボツボツといく。
三島由紀夫原作、市川雷蔵の「剣」を観た。あらすじは以下に。
https://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD27492/story.html
雷蔵演ずるところの国分の自殺の後で顧問の語り。

国分は生きることに負けたんじゃないねえ、
自殺することで彼の正しさと強さを永遠のものにしたんだよ。
誰も国分を理解できなかったんだ。勿論この私もだ。
国分は単純で素朴な願いに生きていただけだ。
何故我々はあの男を死に追いやってしまったのだ。
国分を理解できなかったのか。そのことを恥じよう。

なんだかあまりにモロなので死後につくったのかと思ったら、
64年製作である(三島は70年切腹)。
脚本は舟橋和郎だが、三島も絡んでいるらしい。原作はどうなっているのかと借りてみる。映画では学内一の美女が絡むのだが、原作は女気抜きで、国分をライバル視する賀川と、国分を崇拝する壬生の三角関係となっている。
賀川が国分次郎が自分を孤独であると考えていることに怒っている。そんなことはない自分だけは次郎を本当にわかっているだと。
次郎を崇拝する壬生は賀川の扇動にひとり逆らい水泳に行かなかったにも関わらず、それが偽善的行為になることを恥じて次郎には自分も同様に水泳に行ったと答える。
男色臭がなければ道徳の教科書に使えそうな内容。

262 俺について来れば、絶対にまちがひがないんだ。だから、俺を信じる奴はついて来い。ついて来られない奴は、ついて来なくていい」
これを先輩の居並ぶ席で、四十人の部員にむかつて言つたとき、次郎はもう何かを選んでしまつた。
その場合次郎はきつと自分がさういふ意味のことを言ふだらうと、ずっと前から予感してゐたし、又事実、さう言つたのである。それは予感の成就だつた。その言葉はずつと永いこと心の裡に畳まれてゐて、時を得て、翼をひろげて立つたのだ。
その言葉によつて、次郎は自分のなかに残つてゐた並の少年らしさを、すつかり整理してしまつた。反抗したり、軽蔑したり、時には自己嫌悪にかられたりする、柔かい心、感じ易い心はみな捨てる。廉恥の心は持ちつづけてゐるべきだが、うぢうぢした羞恥心などはみな捨てる。「・・・したい」などといふ心はみな捨てる。その代りに、「・・・すべきだ」といふことを自分の基本原理にする。さうだ、本当にさうすべきだ。
263 彼は強さを身につけ、正義を身に浴びたいと思つた。そんなことを考えへてゐるのは、世界中で自分一人のやうな気がした。それはすばらしく斬新な思想であった。
272 [風呂場で賀川の背中を流す下級生がいないこと]次郎は明らかに賀川に気づいてゐて、その上順番を賀川に譲ることで却つて矜りを傷つけるのを怖れて、むしろ傲慢に「見える」はうを選んだのだ。あいつはその場合の自分が、人からどう思はれようと、「さうすべきだ」といふことを知つてゐた。
273 『あいつはもとそんな奴ぢやなかつた。あいつは俺をさえ警戒し、俺の自然な感じ方を、「誤解」と思ふやうになつたんだ。それで手前は、「誤解に囲まれて生きるのは仕方がない」と思ひ込んでやがる。さういふ傲慢は許さんぞ。友達は「誤解」なんかしないのだ』
275 賀川は国分次郎の微笑が実に美しく見えるのに嫉妬した。それは清潔な若者の微笑で、賀川の真似ることのできないものだ。
 次郎の口はむしろ小さめだつた。唇は美しい形をしてゐた。微笑するときれいな歯並びがあらはれ、清らかさが迸るやうだつた。(略)
いたはりの言葉を避けようとして、あらゆる政治的な言動を避けようとして、次郎は自分だけの純粋さの透明な城に閉ぢこもり、他人の現実的な痛みから急に遠ざかるのだ。
283 「幸福なんて男の持つべき考へぢやない」といふのが、きつと次郎の思想だらうと考へて、十九歳の壬生は昂奮した。彼にはわかつた、次郎の晴れやかさはここから来るのだと。
305[次郎の水泳禁を破ろうと部員達を扇動する賀川]
「さあ、急げ。何をもたもたしてゐるんだ」
彼は裸の胸を平手で軽く叩きながら立ち上がり、同時に次郎への燃えるやうな「友情」を感じてゐた。それは全く次郎一人のための行為だつた。ほかの連中なんかどうだつてよかつた。彼の心は、ほとんど次郎の名を呼んでゐた。
『誤解するな。これが俺の友情のあかしだぞ。人がみんな貴様を誤解すると思つてゐるが、貴様だつて、どうしても誤解しなければならない局面に立たされることがあるんだぞ。とにかく貴様は、何ものかに愕かされ、おびやかされる必要があるんだ。貴様に今一番必要な教育はそれなんだ』
307 何か、強くて正しくて、晴朗なものが汚された。それは実に息苦しい、実に口惜しい成行きだが、彼はずつとそれを予感してゐたような気もする。
一体何が起こつたんだ、と改めて壬生は自分の心に問うた。ただキャプテンの目を盗んで、みんなが泳ぎに出かけたこと、それだけのことだが、それだけで、何かが決定的に崩れたのだ。