思想史のなかの臨床心理学

思想史のなかの臨床心理学 (講談社選書メチエ)

思想史のなかの臨床心理学 (講談社選書メチエ)

著者近影は、総髪で和服、まあ痩せた海原雄山的ルックスで、『哲学・心理学・宗教学・民俗学を総合した「世界学」を提唱』なんていう紹介文がついてると、実にアレなかんじである。コーバシイ、ってやつですか。
著者がこの本を書いた目的はなにか。この人は精神医療は宗教的なものであるし、そうなるべきと考えている。宗教なんだからそれぞれ立派な教祖がそれぞれでやればいいのに、今の心理学会はデカイとこが仕切っていてしかもそれを国家公認にしようと目論んでいて、それはまるで特定宗教が国家から公認されてしまうようなもので、信教の自由を奪う暴挙である。そう主張したいのだ。
(そういや学問として成立しなくなったから、国のお墨付きをもらって生き延びるのか、てなことを誰かが書いてたなあ)
これだけだと怪しい本のように思えるかもしれませんが、ボクのような哲学やオカルトを知らない無知な人間にはなかなか面白い話が書かれていて、楽しめました。いかにも馬鹿にしているような書き方になっていますが、本当に勉強になりました。
今回事情により正確な引用になっていません。殆ど原文のままのところもあれば、適当にまとめちゃってるところもあります。スミマセン。
プロローグ。
臨床心理学の歴史はわずか100年、その世界観は近現代と共通であり、その実践と理論は現代の心の病と同じところから起ってるのではないか。特定の哲学的立場によって理論を構成しているのに、哲学と縁を切ったと思っている。特定の立場への傾倒とそれへの反省のなさが合わさって、一種の宗教的信念になっている。こんにちのわが国の臨床心理学は新宗教のひとつの形態であり、臨床心理学から語り出される現代社会の病跡は現代宗教の病理にもつながる。
(眠くなったので明日に続く)