『カフカの生涯』

カフカの生涯

カフカの生涯

他人を罵倒したい気持ちを、こんな文章にむせび泣いて解消しようと借りる。

職探しの時点でカフカはいまだ一つの作品も公にしたことがなく、執筆によって、俗にいう「一ヘラーも稼いだことがない」人間だった。
身一つで商会をおこした父親からみると、まさしく虫ケラ同然で、そして実際、ゴキブリのように家族のあまり物に寄食している。

そしたら他の部分も面白かった。
ドイツ語圏ではマンやヘッセと並び称され84歳で死ぬまでに83冊の本を書いた人気作家マックス・ブロートは結局無名の友人カフカの遺稿を編集したことで後世に名を残すことになる。

売れっこ作家の友人を通してカフカは文学の現況をじっと見ていたようである。小説の書き方、読まれ方。そのなかでねばり強く自分の「書体」といったものをつくっていった。幸いにも友人のように、あちこちから注文がくるわけではないので、つくったものをこわす時間がたっぷりあった。
ブロートは友人をモデルに主人公を生み出したが、カフカは人気作家をモデルに自分のスタイルを生み出したかのようである。要するに売れっこ作家の好む書き方をつぎつぎと消していく。まるきり友人と逆の書き方をこころがける。

世間知らずで決断を先送りし決定は他人まかせ、叔父のコネで就職した会社を半年ばかりで辞め、保険協会に勤めることになる。
保険金請求の現場に出たカフカは騒音だらけの工場、過酷な労働現場、タフな経営者に触れる。

カフカは数多くの出張を通して近代産業の内幕というものをよく知っていた。その点、二十世紀の作家たちのなかで、ただ一人の例外だった。(略)
公務出張はともかくも書類の山から解放してくれる。出張旅費が定まっていて、ホテルは二流どまり。食事は莱食のレストランを見つけて、そこですませた。絵葉書に見る工場や宿舎は美しいが、実態はいかにひどいものであるか、カフカは目のあたりにしていた。機械と人間が雑居しているぐあいで、むき出しの歯車が轟音をたててまわっている。圧延機が獣のように口をあけしめしていた。いつなんどき人体が紙のように圧延されないともかぎらない。