漫画に愛を叫んだ男たち Pt1 長谷邦夫

漫画に愛を叫んだ男たち トキワ荘物語

漫画に愛を叫んだ男たち トキワ荘物語

赤塚不二夫のブレーン*1だった著者でありますから
回想部分も本人になりきり。
ギャグマンガの口はなく、仕事は哀調少女マンガばかり。
当然筆は進まず貧乏な赤塚。そこへ身の回りの世話を
してやるとマミーが上京で苦境は深まる。
煮詰まって親分肌寺田ヒロオを訪ねればマンガ執筆における
的確な助言とともにそっとお金を渡される。ナイスガイ・ヒロオ。
石森のところに来た編集者から穴埋めでギャグマンガの依頼を受け
一気に不二夫は描きあげる。
あの神様手塚と目次に名前を並べる日がキターッ。

共同炊事場から洗い物を終えて戻ってきた母親にその頁を開いて見せた。
「連載かい、不二夫」
「そうなんだよ、母ちゃん」
赤塚は母の膝に頭を乗せ、寝転がった。
「おまえみたいな稼ぎの悪い男には、水野英子さんみたいな、
しっかり者の嫁さんがいいんだけれどと思っていたんだよ。
でも帰ってしまったし」
「以前ね、彼女と夜に散歩に出たことがあったんだ。
そのときさ、星がキレイだねって言ったことがあったよ」
「そうしたら?」
「バカヤロー!って背中をどつかれた」
久しぶりに黒光りした廊下に二人の笑い声が響いた。*2

さて上の引用、男のボクでもちょっとたじろぐような
甘えぶりでフェミ女は嘲笑でしょうが、一面において、
美しい光景ではあります。これがラストに効いてくる。
   
藤子不二雄のコンビ解消は藤本の死期が近いことによるもので、
当人同士であれば問題にならないことが、
藤本の死後、遺族との間で起こる問題を避けるために必要になる。
稀有な関係である二人が一方の死を前に袂をわかつことになる。
藤子とはちがう形ながら赤塚と一心同体である著者は思う。
赤塚と著者との関係には印税を分割するようなものはない、
だがフジオ・プロのどの漫画家より太い絆があるはずだ。
そう信じているのは自分の方だけかもしれぬが。
   
仕事も荒れ人も離れていく赤塚に辛抱強く付き合う著者。
昭和42年以来続いていたアイディア会議を経ずに
赤塚が一人で書いてきたネームは
膝にのった主人公の少年に「おまえは日向のにおいがするね」と
母親が語りかけるギャグでもなんでもないもの。
アル中が緩慢な自殺なら、このネームは胎内回帰なのか。
平成4年、あの寺田ヒロオが酒浸りで死んだ日に著者は去る。

赤塚が事務所の奥のキッチンに置いてある大型の製氷機を掻きまわし、
ダイヤアイスをグラスに入れ、焼酎とサワーをつぐ音が聞こえてくる。
まだ昼の二時だ。ぼくはいたたまれなくなってスタジオを出て、
新宿へ向かった。
それっきり、ぼくは二度と下落合のフジオ・プロダクションへ行っていない。

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*1:自伝のゴーストライターもやっている

*2:このオチ、少女漫画家水野英子が男勝りな性格という前提がないとわからないかもしれない