ぼくたちにはミンガスが必要なんだ 植草甚一

こういうタイトルだけど、ドルフィーやモンクの話も収録。

五日間のデミ・ショック――モンクを聴いたり眺めたり
(この文章はこっちにも収録されてます→kingfish.hatenablog.com

 みなさんは黒人がお風呂にゆっくりとつかったあとで出てきた姿にぶつかったことがあるでしょうか。(略)
 モンクの一行が東京についた翌日に記者会見があった。(略)
ほかの連中は勢ぞろいしたというのに、モンク一人だけ三十分たっても四十分たっても現われない。するとみんなが喜びだしたんだ。やっぱり噂にたがわず消えちゃったといって喜んでいる(略)
[そこに颯爽とモンク登場。ちょうど著者の隣に座ったので]
ツクヅクと顔を観察することができたんだが、風呂あがりなんでアセがすっかりとれ、黒い皮膚がツヤ消しになっている。かなり黒い顔だが、まゆ毛が割合にほそくて、いい曲線をえがき、眼がなんともいえないくらいいい。こんなにいい眼をしているなんて写真でみたモンクからは想像できないくらいのよさだった。山羊ヒゲに白いのが、五、六本まじっているのを発見してオヤとおもったが、感じとしては想像していたよりは、ずっと若いんだ。チェック柄のツイードの合着でシャレた黒い靴をはいている。イスにかけるとビールをグッーと一息に飲んだが、それから立ちあがってマイクをまえにすると『ハロー・フォークス』といっただけで、またイスにすわってしまった。これがまたチョイ受けたねえ。それからピアノにむかって「ブルー・モンク」みたいな曲を弾きだしたが、そのピアノが気にいらないらしく、すぐ止めてしまった。(略)
[記者からの質問に]『夜と昼とどっちがすき?』というのがあった。すると『寝ているときは夜がすきで、起きてるときは昼間がすきだよ』といった調子。『だれか特別にすきな作曲家は?』ときくと『みんなすきだよ』という始末だから、とりつく島がない。それでもモンクは、とてもいい印象を記者たちにあたえた。
 こんなことは、しかし余計なことで、書きたかった唯ひとつのことは、モンクがとてもいい顔つきをしていることだった。いままでに来た黒人ミュージシャンのなかで、こんなにも芸術家らしいのは見たことがなかった。
(略)
[つまらない質問が多かった]
『どんなとき、いちばんピアノが弾きたくなりますか』という変てこな質問。モンクはその返事をさがすかのように、顔をうえに向けて眼をあっちこっちさせてから『気持がいいとき』といったが、すぐそのあとで『苦しみながら弾けるもんかい』と自分にむかってボツっといった。『いちばんすきな言葉は?』という質問。これも変てこなもんだが、ちょっと考えたあとで『ノウ』と答えた。みんなが、このノウを「NO」と解釈したが、そうではなく「知ること」Knowだということが、すぐわかった。『スポーツは何がすきですか』ときくと、すこし声の調子をあげて『ピンポン』といった。
(略)
オペラグラスごしにみると、モンクの顔やピアノを弾く両手が目のまえに接近してくる。(略)それは幻惑的な見ものであった。
 モンクの眼が、すっかりすわってしまっている。黒い手の爪が、まっ白で、それがパタパタと、なにか熱いものにでも触ったように動きまわるのだが、そのあいだにピカリと指輪のダイヤが光り、そのダイヤの重みで指輪がしたのほうへと動いてしまうのを、ときどき左指で急いで上へもどしながら、キーを叩きつづけている。それといっしょに怒り肩が持ちあがったり、へこんだり、肩がふしぎな角度でもって突きだされる。どのキーを打とうかと夢中になって考えながら、頭のほうは激しく揺れうごかないから、眼のほうが据わったような感じにみえるのかもしれない。そういった思考状態の、おそろしく鋭敏な反射作用が指さきにつたわり、白い爪が白い魚のようにピンピンと跳ねているのは、一流の将棋さしの手のうごきをハイ・スピードで撮影したような感じをあたえる。ところが肩のうごきと肩の角度の変化のしかたは力学的なものを感じさせるのだ。キーにさわった指先きが瞬間ピンと引っ込むようになるあたり、電気がつうじているような気もしてくる。モンクは物理学が得意だったし、あの美しい音は、彼が考えぬいた力学的方法によって生れてくるのだ。
 パリで、つぎのように語ったのも興味ぶかい。
 『ぼくのピアノの弾きかたは、とても変てこだ、とみんながいうんだ。こんな弾きかたをする者は、ほかにいないってね。それは結局ぼくが自分にいちばん向いた弾きかたをしていたからで、ほかの人たちに聴かせるつもりでピアノを弾いてなかったからだろう。そういった弾きかたをしようってことが、頭のなかになかったんだ。ピアノは子供のころ、ひとりでに覚えてしまったけれど、それからずっと食うには困らなかったので、妥協しないですんだ。ぼくの弾きかたが変てこだというのは、すきな音をだそうとして、からだ全身をいろんな角度からブツけていくからだろう。そのときの指のおさえかたにしても、ほかの人たちとはちがっている。ミントンズ・プレイハウスの頃は、遊び半分な弾きかたばかりしていたのさ。すべてが気晴らしだった。だからずっと進歩しているし、いまがいちばん調子がいいような気がする。じぶんで弾いてみたいと思うようなことが、だいたいやれるようになった。けれど頭に浮んだフレーズが、どうしてもピアノで出せないことが、ときたまあるね。それからミントン時代にピアノより作曲に夢中になったことがあったっけ。そのころ書いた曲に「ビップ・バップ」っていう名をつけたのがあったが、ビーバップという言葉は、これが変化したんだと思うねえ。はっきりした証拠ってないけれど』
 このときの話のなかで、いちばんすきな自分の曲はなにかと訊かれ、「ブルー・モンク」と「ラウンド・ミッドナイト」をあげているが、すきだという理由がいい。この曲がモンクの作品のなかで、ほかの人が演奏するばあい、いちばんやりやすいからだというのである。
(略)
 ところでモンクは、自分のソロを弾きおわると、すぐ椅子から立ちあがってしまうのだ。みんなが片唾をのみはじめる。なにか始まりそうな気がしてくるのだ(略)
チャーリー・ラウズがテナー・ソロを吹いているうしろで、たいていいつもベースのほうへ眼をむけていた。ブッチ・ウォーレンが新らしいメンバーなので、いちばん気になるのだろう。三日目の晩なんか、ウォーレンのながいソロを聴いているうちに、急に両足をひらいて腰をかがめ、フェンシングをしているようにベースのまんなか目かけて指をつきだし、そのあとで、なんだか凄むような恰好でヨタモンのようにウォーレンのそばへ近づいていったが、そのとき急にピアノ線をガーンと鳴らしたものだった。ウォーレンは相かわらず頭をヒョコヒョコうごかして拍子をとりながら、バッタのように細ながい脚をビクつかせ、どうだい気にいったかといったようにモンクの顔をみたものだった。
 このときが三日間をとおして、いちばんイカした場面だった。モンクは立っているときのいちばんラクな恰好をし、腰のあたりをフニャフニャさせ、右肩のほうに力をいれるようにしながらベースのリズムにあわせている。その肩と脚のうごきが、ドラム・ソロになると、パタリと動かなくなり、静止状態になってしまう。そういう音の出しかたをしてるのであろう。フランキー・ダンロップは落ちつきはらった態度で、正確な音をだしている。そのパンチのくわえかたは、腕のうごきがソニー・リストンによく似ている。そういえば顔つきも、どこかリストンみたいじゃないか。(略)

雨降りなので、家にいてフランスのジャズ雑誌を読もう

 朝から雨が降っているので、今日は家に閉じこもってフランスの「ジャズ・オット」誌でも読みながら、ノートをとってジャズの勉強をしようと考え、一九六四年度のぶんを幾冊か出してページをめくっていたら、読み忘れていたローランド・カークのインタヴューがまず目についた。(略)
[聞き手はジャズ評論家フランンワ・ポスティフ]
 それはジャズ・ファンなら、もうよく知っている話だ。ある晩のこと夢のなかで三本のサックスをいっしょに吹いていた彼は、目をさましたときも覚えていたので、それから楽器店に出かけ、マンゼロとストリッチをさがし出した。これが三本いっしょに吹くようになったソモソモのはじめだったというわけだが、ポスティフにむかってローランド・カークは、これとはちがう話をしたのだった。
『そのキャバレーには初めて出演したんだが、バンドが二組入っていて、もうひとつのほうは年とったアルト・サックス奏者がリーダーだった。(略)すぐ若いミュージシャンたちの悪口をいいだすイヤな奴でね、そいつがさ、ぼくたちのバンドと交代するときに、こういった。みなさん、こんどはローランド・カークの番ですが、サックスを二本いっしょに吹いてごらんにいれるそうです。それはまあこんな調子でしょう、真似してみましょうといった彼は、アルトとテナーをいっしょに口にするとメチャクチャな音を出したんだ』
 『当人は面白半分にやったんだろうが、ぼくの演奏をろくすっぽ聴いたことがないくせにして、そんな真似をやりやがったんでカーッとなっちゃった。けれど我慢して演奏しているうちに、そんなことはケロリと忘れ、演奏にも身がはいりだしたが、最後のブルースになったとき、急に三本いっしょに吹いてみたくてしようがない。それまで三本で吹く練習は全然やってなかったけれど、そのときの衝動にかられてやってみると、案外うまくいった。それで家へ帰ってから、この問題をゆっくりと考えたあげく、三本でいく決心をしたんだ』
 この話と夢の話とでは、いったいどっちが先で、どっちがほんとうなんだろう。また疑問がひとつふえたということになる。
 それからこんどはテクニックの問題だが(略)べつにたいしたことはないというのだ。というのは指でキーを押さないで吹くと、その楽器の最低音がでるから、そうしておいて、もうひとつのサックスを十本の指で吹きまくることができるし、だから三本のサックスのばあいも、おなじ理屈で吹くことができるというわけだ。
 なるほど聴いていると、こうして出てくる最低音のメロディが、バグパイプをつかって出すスコットランドの音楽によく似たようになってくる。ところがカークにいわせると、これはむしろインド音楽にちかいのであって、ラヴィ・シャンカールの音楽との共通点がある。けれどそれはシャンカールともちがったカーク自身が発見した音だというのだ。
 説明を加えると、ひとつの音を最低音でのばしていくカークのやりかたは、インド音楽の《ドローン》という旋律法とおなじで、ひとつの音をくりかえし回転させながら、その音に戻ることによってメロディを生みだすのである。
(略)
 ミンガスに見込まれたカークは三ヵ月間ファイヴ・スポット・カフェで共演した。これはとても張合いのある仕事だったが、出演するまではミンガスの家に通いつめ、ミンガスがピアノを弾くのに合わせて繰り加えし練習したときは、なんだか学校の生徒になったような気持がしたといっている。
(略)
どうしてあんなにも息がつづくんだろう。それをポスティフが質問したところ、『耳で息を吸いこむんですよ』と答えた。これはロンドンでも彼の口にした言葉だし、日本での記者会見のときにも、そんなバカなことがあるもんか、と誰にも信じられなかったのである。
 カークにいわせると、ふつうの人たちにはできないことが自分にだけできるのを説明するとなると非常にむずかしい。そしてこのことは今まで誰にも話さなかったけれど、オリジナル・ナンバーが頭のなかで作曲されていくときには、いろんな楽器で演奏されている進行状態がハッキリと聴こえてくるのであって、それがそのまま演奏するときに再現されていく。というより自然と再現されていくのであって、三本のサックスに空気を割り当てて吹き込んでいくとき、そこから生まれるメロディ・ラインは頭のなかにある譜面とおんなじだということになる。こうしてクァルテットのリズム・セクションが、譜面を見ながらやっているのと同じような立場になってくるが、そこへこんどはカークのアドリブが入ってくる。リズム・セクションとの関係が、カークにとっては、こんなときが頭のなかで最も困難な問題となってくるというのだが、とにかく自分が主体性をもっているという確信があるために、そこはうまく切り抜けられるそうだ。
(略)
 カークの音楽はモダン・ジャズだとは思うけれど、そうではないような気持にさせることがある。そこをポスティフは突っこんで質問した。するとカークはモダンというのとも違うんだと答えたあとで、これは自分が答えるべき筋合いのものではなく、ジャズ・ファンが判断すべき性質のものだと付けたした。(略)
だがモダン・ジャズの源流としてカークがとくに強く感じるのはチャーリー・パーカーであり、だから彼の演奏から、ときおりパーカーを連想させる瞬間があるのも、結局はローランド・カークがモダン・ジャズ・ミュージシャンだということになる。
 そこでオーネット・コールマンはどうかと訊くと、オーネットは素晴らしいと答えた。ついでコルトレーンは、と訊くと、二人は正反対な存在なのだから、比較はできないし、答えるのもむずかしくなってくる。カーク自身もまた、この人とは比較できない独自な行きかたをしているのであって、コールマンにもコルトレーンにもエリック・ドルフィーにも恩はこうむっていないというわけだ。そうするとコールマンといっしょにレコードのための演奏をする気持はあるかないかと質問すると、やらしてくれるなら、大喜びでやるとも、それはとても面白い結果になるだろう。といっても性格がちがうミュージシャン同士だから、喧嘩みたいなことになり、それだから面白いっていうんじゃないよ。まえにもいったように、ぼくは喧嘩がきらいな、おとなしい男なんだからね。
 なぜステージにベレー帽をかぶって出るのかという質問もよくされるが、じつはいつもベレー帽をかぶりどおしなんで、それが十七歳のときに始まっている。ベレー帽をふかくかぶっているんで眼鏡がずれない。(略)

次回に続く。