なぜマルクスは正しかったのか テリー・イーグルトン

アマレビューでは翻訳が「日本語としても理解不能な文章」「しばしばイーグルトンの主張と正反対の訳文になっている」と酷評されてて、確かにその気配はあるw
マルクス主義は終わったのさ」「理論的には大いに結構、でも実行されたら大量虐殺」「一種の決定論だ」「なんでも経済に還元」「階級問題は解消されてる、そこにこだわるなんて時代遅れ」「暴力的政治活動を提唱してる」といったツッコミにテリー・イーグルトンが回答という形式。
ディベート的小股掬いなツッコミに小股掬いな回答という気がしないでもない。

なぜマルクスは正しかったのか

なぜマルクスは正しかったのか

[ツッコミ部分を青字にしました]
第四章

マルクス主義ユートピアの夢だ。それは障害や苦痛や暴力や紛争のない、完璧な社会を信じている。共産主義の下ではどんな敵対関係もわがままも所有欲も競争も不平等もないんだってさ。誰も誰かに対して優位に立ったり劣っていたりしない。誰も労働なんかせず、人間は他の人間との完璧な調和の中で生きていて、物質的富の流れに終わりはない。こんなトンデモなくナイーヴな世界観は、人間の本性の中にある騙されやすい信念に由来しているんだろう。人間の悪どい側面なんか単純に棚に上げられているもんな。(略)マルクスの優しく涙もろい未来の展望は、彼が構想した政治全体のバカげた非現実性を反映してるのさ。


 「じゃあきみの言うこのマルクス主義ユートピアでは、未だ交通事故が起こるのかい?」。この手の冷笑的な反問こそ、マルクス主義者が扱い慣れてきたものだ。
(略)
マルクスは、苦痛、死、喪失、過誤、行き詰まり、紛争、悲劇、さらには労働からさえも解放された未来などというものに、ほんのわずかの興味も示していないと言うべきだろう。実際、マルクスは未来に全く興味を示していない。いったい社会主義または共産主義社会とはどんなものなのかについて、彼が詳細に述べていることなどほとんどないというのは、悪名高い事実である。だからマルクスを非難する連中は、彼のことを、許し難く曖昧だと言って叩こうとするわけだ。ところがそんなことはほとんどできないに決まっているので、ただちに連中はマルクスを、ユートピアの青写真を描いたと言って非難するのである。未来を様々に下取りしているのは、マルクス主義ではなく、資本主義の方だと言うのに、である。
(略)
 ユダヤ人たちの間では、未来について語ることが伝統的に禁じられてきた。これと同様に、世俗的ユダヤ人であるマルクスは、前方に横たわるものが何であるのかについて、大概、沈黙している。マルクスが、社会主義はおそらく避け難いものだと考えていたことについてはすでに見たが、しかし、それがどのような社会であるのかについては、彼はほとんどまれにしか述べなかった。この控えた沈黙には、いくつか理由がある。一つには、未来は存在しないのだから、そのイメージを案出することは、一種の嘘をつくことになる。
(略)
 マルクスが未来像に警戒していた、もう一つの理由がある。彼が生きた時代、それは大量に出回っていたからであり、しかもそのほとんどが、絶望的なまでに観念論的な急進派たちのものだったからだ。歴史は前進していって、完璧な状態(国家)に向かって上昇してゆくのだというアイディアは、左翼のものではない。それは18世紀〈啓蒙〉の紋切型だった(略)
生まれたての、爆発的成長段階を迎えようとしていたヨーロッパ中産階級の自信を、反映するものだった。理性は独裁を征服する過程の中に存在し、科学が迷信を正しい方向に導いてゆき、平和がはばたくために戦争と結びついたわけだ。その挙句、人類史全体(という言葉は、実際には多くの思想家にとって、ヨーロッパを意味していた)は、自由・調和・商業的繁栄の状態(国家)において、最高潮に達するだろうという話になる。
(略)
特にマルクスが批判したのは、われわれは純粋に言論の力だけで敵対者を打ち負かすことができる、というユートピア主義者の信念だった。彼らにとって社会とは、諸々の観念(アイディア)の戦場であって、物質的利害の衝突する場ではなかった。逆に、マルクスは、このような知的対話への信仰に対して懐疑的な眼差しを向けていた。男女を真に現実的に摑む観念(アイディア)は、彼らの日常化した実践を通して生じるのであって、哲学者たちの演説や討議を好む社交界を通してではないことを、彼は自覚していたのだ。男女が真に現実的に信じているものをあなたが理解したいなら、彼らの言っていることをではなく、彼らがしていることを見ることだ。
 マルクスにとってユートピアの青写真は、現在すべき政治的任務から逃避する気晴らしだった。(略)一介の唯物論者として、マルクスは、歴史的現実から切り離された諸観念には用心深かった。
(略)
 保守派の中にもユートピア主義者はいるが、しかし、彼らのユートピアは未来よりむしろ過去にある。(略)
黄金時代からの、長きに渡る哀しみに満ちた衰退の過程である。(略)過去を一種のフェティッシュとして扱うことである。(略)彼らにとっての善き知らせとは、「事態は悪くなっていない」であり、悪しき知らせは、「だからこれ以上悪くなりようがない」なのだ。
(略)
 自分が立っている地点から始めるのは、政治的変革にとって最良の方法ではないように聴こえるかもしれない。(略)
古い秩序の痣が、新たな社会にどのように刻印されているのかを、『ゴータ綱領批判』でマルクスは書いている。だから、始めるべき「純粋な」地点などないのだ。純粋な開始地点があると信じ込むのは、社会改良、貿易同盟、政治的党、議会制民主主義などといった、現在の妥協した道具でもって、革命に参加した者の熱意の中のあらゆる残滓を拒絶する、いわゆるウルトラ左翼の幻想(レーニンの言った「小児の無秩序」)である。だから彼らは、無力であればあるほど、最後には汚れのない状態を目指そうとして努力するのだ。(略)
未来は現在の中の何処かに検知されるべきものなのだ。
(略)
 万人が平等であるような社会秩序を手に入れることもまた、不可能である。(略)マルクスにそんな意図はなかった。彼は画一性に対する不倶戴天の敵だったからだ。事実、マルクスは平等を、ブルジョワジーの価値と見なした。平等とは、彼が交換価値と呼んだもの――そこでは或る商品が他の商品と価値において水平(等しい)である――の、政治領域における反映だとマルクスは考えていた。商品とは「実現された平等」であると、かつてマルクスは述べたことがある。或るところでマルクスは、全般化された社会的水平化が含まれる一種の共産主義について語っている。また『経済学・哲学草稿』では、このような社会を、「文化と文明の世界全体の抽象的否定」として、告発している。またマルクスは、平等という観念を、中産階級民主主義――そこでは投票者や市民などといった、われわれの形式上の平等は、富と階級に関する現実の様々な不平等を曖昧にぼかす――の抽象的平等と彼が見なしたものと結びつけもした。『ゴータ綱領批判』でも、マルクスは所得の平等という観念を拒絶する。と言うのも、民衆が必要としていたのは唯一、様々に異なる欲求だからである。或る者は他の人びとより汚れたり危険であったりする仕事をし、或る者は養育すべき子をより多く持つ、等々である。
 マルクスは平等という観念(アイディア)を手放した、と言っているのではない。(略)中産階級社会の諸々の理想を軽蔑して拒絶するどころか、自由・自己決定・自己発展といった偉大な革命的価値の勇敢な擁護者だった。抽象的平等でさえ、封建制の階層構造(ヒエラルキー)に較べれば歓迎すべき前進であったとマルクスは考えたのだ。これはまさしく、資本主義が依然として続いている限り、これら貴重な価値が万人のために働く機会がない、とマルクスが考えていたということである。
(略)
 マルクスの視点からすれば、平等という支配的観念によって歪められたのは、それがあまりに抽象的にすぎるという点だった。それは、諸事物や民衆の個体性――マルクスが経済領域における「使用価値」と呼んだものに、十分な注意を払ってこなかったのだ。民衆を平準化するのは社会主義ではなく、まさしく資本主義だった。諸権利という観念に、マルクスがむしろ警戒を怠らなかった理由の一端は、そこにある。「権利は、まさしくその本性によって、或る平等の標準を適用することにのみ、存するものである。しかし不平等な諸個人(略)は、ただ彼らが或る平等の視点の下にもたらされる限りでのみ、平等の標準によって測定されうるものとなり、一つの一方的定義(規定)からのみ、例えば今取りあげている事例で言えば、労働者たちとしてのみ見なされることによって把握されるのであり、彼らにおいてはそれ以外のものは見られることなく、彼らにおける他の一切が看過されるのである」。
(略)
 真の平等とは、万人を同じものと見なして取り扱うという意味ではない。そうではなく、万人の様々に異なる欲求に、平等に注意を払うということである。マルクスが期待していたのは、まさしくこのような社会だったのだ。

第九章

マルクス主義は力みなぎる全能の国家というやつを信じている。私的所有権を廃絶した社会主義革命家たちは専制国家によって支配を行い、やがてこの国家は個人主義的自由を終わらせるだろう。マルクス主義が実行されたところならどこでもそうなってきた。将来はそうならないと考える根拠はないだろう。民衆は党に屈し、党は国家に屈し、そして国家は怪物的な独裁者に屈する、この事態はマルクス主義の論理の一部に組み込まれているのさ。(略)


 マルクスは国家の容赦ない敵だった。事実、彼が国家の衰退する時を待ち望んでいたことはよく知られている。マルクスを批判する連中はこの希望を莫迦げたユートピア主義と見なすかもしれないが(略)
 あいにくマルクス莫迦げたユートピア主義者ではなかった。マルクス共産主義社会において衰退してゆくことを望んでいたのは、中央で管理行政を行うという意味での国家ではなかった。(略)
行政管理体としての国家は生きながらえるだろう。暴力装置としての国家こそ、マルクスがその背後を見ようとしたものだった。(略)
共産主義社会でも国立公園と自動車試乗センターは消えないだろう。
 マルクスは国家を冷静な現実主義的観察眼で見ている。衝突し合う社会的利害の処遇に関して綿密かつ公正に見て、国家が政治的に中立の機関でないことは明白である。労働と資本の間の摩擦に関して国家が冷静でいられるはずがない。諸国家は所有権に対して革命を開始するなどということを軌道に乗せるわけがない。国家はとりわけ現今の社会秩序を、それを変革しようとする者たちから防衛するために存在する。この秩序が本来的に不正であるとすれば、したがって、この点については国家もまた不正なのだ。これこそマルクスが終わらせようとしたものであって、何も彼は国立劇場や警察演習場を潰そうとしていたのではない。
(略)
自由主義国家は資本主義と資本主義批判の間で、批判者たちが勝っているかに見えるようになるまでは中立的である。そしてその場合、戦車を出すのに失敗したなら、国家は放水と予備軍の一団を差し向けて割り込んでくるのだ。国家が暴力的でありうることは誰も疑わない。この暴力は究極的には誰に奉仕しているのだろう? この問いに新たな答えを出したのがまさしくマルクスだった。
(略)
国家は善用されるなら十全な力を発揮するだろうとマルクスは考えていた。だから彼はヴィクトリア朝大英帝国における社会的諸条件を改善するために、立法権を厳格に支持したのだ。(略)
マルクスが拒絶したのは、国家は様々に異なる集団や階級を調和的かつ友好的に統一する源泉なのだというセンチメンタルな神話である。彼の見解からすれば、国家は合意の源泉である以上に分割の源泉なのだ。確かに国家は社会を統一的に保持しようとする。しかしそれは、究極的には支配階級の利害を考慮してのことなのだ。その外見上の公平性の下には、強固な党派性が横たわっている。
(略)
一人の民主主義者として、マルクスは国家の崇高なる権威に挑戦する。彼は民衆の主権が議会制民主主義として知られているものの蒼褪めた影であることに甘んじているには、あまりにも民衆の力を強く信じていた。(略)
民主主義は市民社会のあらゆる制度を横断する、局所的で民衆的で広汎なものであるべきなのだ。政治的生に対してと同様、経済生活にまで民主主義を拡張すべきなのだ。それは現実的な自己統治を意味するはずであって、政治的選良たちに任された統治であるはずがない。マルクスが承認した国家とは、市民がみずからに規則を課す国家であって、少数の者が多数の者に規則を課す国家ではない。
 国家は市民社会からの漂流物だとマルクスは考えていた。国家と社会の間には騒々しい矛盾があるのだと。例えばわれわれは国家の中では市民として抽象的に平等であるわけだが、日々の社会的存在においては劇的なまでに不平等である。社会的存在は諸々の紛争とともに引き裂かれるのだが、国家は社会を継ぎ目のない全体としてイメージした上でそれを投影するのだ。国家はみずからを上から社会を造型するものと見なしているが、実際には社会の産物である。社会が国家から派生したのではない。そうではなくて国家が社会に寄生しているのだ。
(略)
マルクスが目指していたのは国家と社会、政治と日常生活の間のこの乖離を、国家や政治を社会や日常生活の中に溶解させることで、縮めようとすることだった。これがマルクスの言う民主主義である。