イラン石油を求めて

1951年イランのモサデク首相は石油国有化を宣言、イギリスから経済封鎖をうける。買い手のつかないイラン石油を民族系出光タンカーが世界に喧嘩を売って買い付け参上という本宮ひろ志ワールドな話*1なのだが、実際はどうなのかと。
イーデン英国外相は散々アメリカにジャマされたとこぼしている。ただアメリカもイギリスの手前あからさまに手を出せない。かといってあまりイランを締め付けるとソ連が出てくる。そこでちょっと元気の出てきた属国にやらせてみるかと。そんなとこだったのか。まあそうはいっても、実行した出光関係者は見事に田口TOMORROWのナレーションが似合う活躍だったのだけど。
山本高行通産次官の懐刀で通産省GHQのパイプ役だった郷裕弘はブリヂストン石橋社長の女婿。メジャーに対抗できる国策的石油会社設立を目論む。そのトップには「昭和電工事件」で浪人中の福田赳夫。その窓口会社としてリストアップされたのが自社タンカーがあり民族系だった出光。

経済安定本部長官公舎で聞かれた、イラン石油輸入計画をめぐる会合は、きわめて重要な内容を秘めていた。その第一は、ときの吉田茂首相(第三次)が、ホット・オイルであるイラン石油の輸入について、英米を刺激しないようにとの条件付きながら、原則的に了解を与えていることであり、第二は、その計画の実施を丸善、出光、大協のいわゆる民族系石油会社に任せようとしていた点である。(略)
こうして吉田首相の了解を得た周東長官は、イラン石油輸入計画の基本ラインを外務省に話し、外交ルートを通じてGHQ側の意向を打診したはずである。というのは、わが国の置かれている法的な位置がなおまだ講和条約発効前だったからである。

さて商談に出かけるといっても当時は海外旅行は大変な手続きが必要だった。

まず戸籍謄本や住民票、写真など基本的なものに加え、詳細な履歴書、最寄りの警察の証明書、会社の海外派遣理由書、それを証明する契約書や取引実績の証拠書類、旅費見積りと会社の負担証明、その能力を証明する銀行の残高証明書などをそろえて日銀に提出する。そのうえで日銀の担当官に口頭説明し、出した書類は「海外渡航外貨割当審議会」にかけられる。これをパスしたところで初めて外貨割り当てが決まり、この書類をそえて旅券申請ということになる。輸出業者には社員海外渡航費や、海外支店設置などに自由に使える「優先外貨」があった。外貨を稼ぎ出すための外貨だが、石油を輸入する出光にはそれがない。かといって、正式に外貨の割り当てを申請すれば、当然のこと、出光の動きはバレてしまう。

ばれないようにイラン直行は避け、その近辺のパキスタンオート三輪販売という名目で申請。一ヵ月半かかってようやく認可が下りた。
輸送費・保険込みで相場の三割引という話だったのに、モサデク首相に会ってみたら、冗談じゃない二割り引きがいいとこと言われて、さらに再度会いに出かけると今度はハシビーという一筋縄ではいかぬ、タカのように鋭い目の男が現われる。交渉は難航するが高飛車なイラン側の本音もだんだん垣間見えてくる。

過去十回(海外の石油会社と)契約調印したが、一つとして履行されたことがなく、だまされ続けて来た。(略)したがってイラン側は、これまでの轍を踏まぬように実に慎重である。当社[出光]を従来同様のブローカーとして考えていたこと
(略)
実際に船を回して実行するならば、タダでも油を渡す、とハシビーは言う。英国によって下された″鉄のカーテン″をなんとかして破りたい。それをやってくれるならば、いかなる安値も出すというハシビーの腹なり。

なんだかんだ暮れようとしている昭和27年とはどんな年だったか。

流行歌「芸者ワルツ」「リンゴ追分」。
女性の間には、すその短い「茶羽織」がニュールックだった。「風と共に去りぬ」「第三の男」封切。カフカ「変身」翻訳。(略)
11月、池田勇人通産相衆院で「中小企業の倒産、自殺もやむを得ない」と失言した。(略)
AP通信が、毎年行っている「世界の各界ナンバーワン」が26日発表された。この年の男性ナンバーワンは次期大統領に当選したアイゼンハワー元帥。女性は翌年六月に戴冠式が行われる英女王エリザベス二世。外国部門ではスターリンを小差で破ったモサデク首相。

さて最初は日章丸ではなく飯野海運の日南丸をチャーターする予定だったのが、これが外務省からの圧力(あくまで推測)でキャンセルとなる。といっても

外務省内部には法理論の立場に立って、イラン石油導入を是とする判断が、底流において太く流れていたようである。(略)
[外務省黄田多喜夫の証言]
出光佐三氏から電話で、昼飯を誘われた。 赤坂の料亭に出向いてみると、イラン石油を導入する話を進めているが、これは国益にかなうかどうか、もし国益に反するというのなら、直ちにやめるが、と相談を受けた。私は即座に『国益には反しない』と答えた。国有化された石油を安く入手するのだから、国益に反するはずはないからね。佐三氏は船で運ぶ途中のことも心配していたようだが、これについても『イギリスは船を沈めるようなむちゃなことはすまい』と答えた

日章丸の戦争保険を担当した東京海上火災の和田常務。

[出光]計助君が心配していたのは、イランヘ石油を積み取りに行く日本のタンカーに、この『戦争保険』が果たしてつけられるだろうか、ということだった。そのタンカーがイギリス側によって撃沈されるような万一の場合を考慮していたんですね。だが、これは、いま言ったように割増金さえ出せばいいわけです。ただし、と私は加えた。
『誤解を避けるために言っておくが、過日イタリアの船(ローズマリー号)がアデン港にイギリス側によって差し押えられたが、同様なケースで生ずる損害は海上保険でもなく、戦争保険でもない。
イギリス側は、自分の所有物をイラン政府が勝手に″盗んだ″からそれを差し押えたんだと主張している。これは保険の対象にならないので、こういう事態が発生した場合は、出光自身の危険になるから、ここをよく承知しておいてもらいたい』。計助君は『もちろん、その対策はやっている』と答えた。
私たち保険会社の方からしてみれば、イランの石油というのはイラン政府が正当に国有化したもの。それを出光が正当な方法で買うんだから、当然保険はつく。現に、出光のこの輸入行為を政府は黙認しているではないか。
当時の政府の対英政策の立場からいえば、出光の行為を奨励するというわけにはいかん。だから黙認しているということは”合法的″な取引として認めていながら、わざと知らん顔をしているわけで、したがって保険も正常につくと、私は考えていた。

明日につづく。

*1:念のため付け加えるが、当然、本宮の方がインスパイアされてマンガにした