ブライアン・ウイルソン自叙伝・その3

前回の続き。 

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

 

結婚 

 1人で生活しはじめて、僕は前以上に引きこもり、孤独になった。(略)

僕はマリリンに、学校をさぼって一緒にいて欲しいと訴えた。深夜に電話をかけ、僕のアパートに来て欲しいと請うた。(略)

マリリンに電話をするかわりにローベル家に車を走らせることもあった。(略)僕は廊下を歩いて、かつて自分が寝ていた姉妹の寝室に入った。そしてツイン・ベッドで寝ているマリリンとバーバラをじっと見た。そっとバーバラのそばにひざまずき、静かに彼女の体に顔をくっつけた。彼女の香りを感じた。小鳥のように柔らかい彼女の手を取ってなでた。

 ある夜、彼女は目をあけて微笑んだ。僕は彼女にキスしようとしたが、彼女はさせなかった。「だめ、ブライアン」、彼女が言った。「出ていかなくちゃいけないかな?」、僕が尋ねた。「ううん」、マリリンを起こさないようにささやいた、「いていいわよ」。(略)僕の気持ちが彼女に伝わるだけで僕は満足した。僕とマリリンがお互いに真剣になってからも、妹バーバラに引かれる自分と葛藤した。後にそれは姉ダイアンになった。だが、マリリンと過ごすことに何の疑問も感じていなかった。

 彼女は僕のエンジェルだった。僕には彼女が必要だった

(略)

[二度目の豪州ツアー]

僕のぎごちない様子に気づいたマイクが、わざと僕に女の子を何人かまわすと約束した。僕はメンバーに合わせたくて、ついふざけた。マリリンはそれを聞いて、僕を睨みつけ怒った。「楽しんでくればいいわ、私も楽しむから」(略)

僕は傷ついた。(略)彼女もマイクやデニスのように遊ぶつもりなんだろうか?(略)

「ハニー、君がいなくちゃだめなんだ。絶対に君を失いたくないんだ。君を失うことをちょっと考えただけでも、心臓に矢が突き刺さったみたいにぐさっとくるんだ。どれだけ愛しているかよくわかったんだ。マリリン、自分でも想像できないぐらい愛してるよ」(略)「このままだと僕は死んでしまうよ。破滅してしまう。だから考えたんだ」、「何を?」、「結婚するんだ。

(略)

[結婚して] 「最初の2~3か月はトラブルの連続だった。ある晩マリリンと僕は、ベッドにいい雰囲気で横たわっていた。そして僕がささやいた、「愛してるよ」。ところが、とんでもないことが起こった。違う名前を口走ってしまったのだ、「バーバラ」。「バーバラ?」、マリリンが叫んだ。彼女はベッドから飛び起きて電気をつけた。「バーバラ? バーバラってどういう意味なの?」「僕は、僕はバーバラを愛してる……」、僕は目を閉じたまま答えた。「バーバラを愛してる?」、マリリンが金切り声で言った。「私の妹を愛してるの?じゃあ、どうして私と結婚したの?」「いや、バーバラを愛してはいない」、僕は大きな間違いを認めて、その思いを捨てようとした、「どうしてこんなこと言ったのか、自分でもわからないんだ」。

 マリファナ

[新しい友人、ローレン・シュワルツの家でマリファナを体験しハマる。ドラッグを嫌うマリリンと険悪に。マイクがマリリンとファックしたがってると疑心暗鬼に]

僕はマリリンを失うだろう。マイクはダイアンともバーバラともファックしてしまうだろう。僕を気づかってくれる者はいなくなってしまう。僕は1人ぼっちで、惨めな絶望的な状況に置かれるだろう。(略)「彼のペニスがでかいからか?」、僕はぶっきらぼうに言った。「ブライアン!」(略)「そんな言いかたしないで。マイクと私の間には何もないわ」。

 僕は、ぼーっとした暗い気分でマリリンに別れを告げ、機内に入った。そして後部座席に座った。胸騒ぎが激しく、周りのものが見えなかった。アルが僕のそばに座った。僕は前の座席についた小物入れの網目の数を一目ずつ数えていた。滑走路を走りはじめた飛行機のエンジンの轟音が、脅えた動物の絶叫のように聞こえた。僕はむなしくなって、喪失感だけが残った。飛行機が離陸して数分後、涙がこぼれ、顔は真っ赤だった。髪は逆立ち、房になって頭皮から抜け飛んでいく寸前のような感じがしていた。涙で腫れた目でアルのほうを見た。「ブライアン、どうしたんだ?」、アルが心配して尋ねた。「いつ気が狂うかわからないんだ」、「しっかりしろ、ブライアン。自分を取り戻すんだよ」。

 それは不可能だった。僕はすでにおかしくなっていた。苦痛でばろぼろ、涙でびしょびしょという状態だった。枕に顔をうずめて思い切り泣き、かろうじて正気に踏みとどまろうとした。声をあげて泣いた、わんわん泣いた。椅子の背に拳を打ちつけた。そんな僕を見て、アルがスチュワーデスを呼んだ。彼女は僕の背中に手をかけた。「この飛行機から降りたいんだ」、僕はわめいた。「降りたいんだ、いますぐに!」、「ですが、お客さま、離陸したばかりですよ」、「かまわない。僕はこのくそ飛行機から降りたいんだ!」

(略)

輪ゴムがパチンとはじけたように僕の怒りが爆発した。そばにいるスチュワーデスにかまわず、僕は乱暴にものすごい勢いで立ち上がり、アルをまたいで通路を歩いた。自制心を失い、脅え、怒り狂っていた。誰かが僕を制止しようとすると怒鳴った。ほっといてくれ! 向こうに行って自分のことでも考えてろ!! 僕は完全にまいっていた。数分もたたず、弟たちが僕をなだめて席に着かせた。その午後ヒューストンに着くまで、デニスとカールはそれぞれ僕の手を握りしめ、心配することは何もないんだと励まし続けていた。

(略)

[ロスの空港まで母親に迎えに来てもらい、両親の離婚以来空き家になっていた昔の家に行く]

父が裸でテーブルの上に立ち、自分が家族のキングだとわめいた空っぽの台所をちらっと見た。父が僕に義眼を見せ、毎晩水の入ったコップの中に義眼を入れて寝た寝室を覗いた。目から涙があふれだしたが、黙って僕のなつかしい寝室にゆっくり入っていった。母はすぐ後をついてきた。“イン・マイ・ルーム”だ。すべてがはじまった空間、僕が音楽に心を満足させてくれる喜びを発見し、初期の曲を書いた場所は、静まりかえり、そこにあるのは色あせたサウンドの無味乾燥な残骸だった。それでも目を閉じると、その空間にあった僕のベッド、ピアノ、そしてオルガンが鮮やかに甦った。自分の人生を模索していたあの特別な時代にタイム・トリップしたかった。

 僕は部屋の真ん中に座った。「ねえ、8位の曲があるんだょ」、僕は母に言った。「〈ダンス・ダンス・ダンス〉っていうんだ」、母は僕のそばに座った。「知ってるわ」、母が言った。「だけど、すごく疲れてるんだ」、僕はため息をついた。「すごく疲れているし、すごく怖いんだ」。

ツアーには出ない

僕は言った──もうステージで演奏するつもりはない。彼らは最初、真剣に受けとめなかった。しかし、僕が話を続けるうちに黙っていった。

(略)
「ただ僕がスタジオに残り、君たちがツアーに出るというだけのことだ。他のことはすべていままで通りなんだ」

(略)

[65年5月『ビーチ・ボーイズ・トゥデイ』アルバム部門4位]〈ヘルプ・ミー・ロンダ〉がシングル・チャートの1位だった。いつもと同様の仕事に見えた。しかし、その音楽には微妙な、注目に値する変化が起こりつつあった。僕は『ビーチ・ボーイズ・トゥディ』のB面すべてをハイな状態で書き、アレンジした。以前のアルバムと比べて音楽はテンポがスローになり、もの悲しく、情緒に訴えかけた。コード・パターンは複雑になり、レコーディングは密度が高く、サウンドは豊かだった。そして、僕のレコーディングに関する考えかたも異なっていた。僕は曲を分解し、それぞれの楽器を個別に扱って一種類ずつサウンドを積み重ねはじめた。

 その要因は、マリファナだった。(略)毎日マリファナを吸うようになっていた。(略)

マリファナは既成概念のすべての枠組みを変え、僕を豊かに、知的に、スピリチュアルにしてくれた。(略)

マリファナをはじめる前の僕は過激なピアノ・プレイヤー、いわばアタッカーだった。僕は速く激しくキーボードを叩き、ティーンエイジャー気質でプレイを自慢するタイプだった。だが、ストーンドしてからは心の動き、渇望、恐怖や不安を探り、表現しようという気持ちが強くなり、それほどピアノで人を印象づけたいと思わなくなった。僕のこの新しい一面は、着実に仕事に反映されはじめた。

 LSD

ある晩ローレンは、衝撃的な音楽を聴いてみたいと思わないかと言った。

(略)「LSDだ」、「LSDってなんだ?」、「マリファナよりも20倍強力なドラッグだ」。すごい!マリファナよりも20倍強力だとすれば、20倍は気持ちいいはずだ。

(略)

 突然ローレンのステレオから、音楽が大きな音で聞こえてきた。(略)いままで経験したことがないほど明確で濃密で強烈だった。僕は疲労感を感じるまで、その音の中で、川を歩いて渡るような感覚を味わっていた。

(略)

狂人のように歩き続けて、僕は頭に浮かぶことを何もかも大声で叫んだ。そして不思議な感じの男が角を曲がるのを見た時、僕は彼が神だと確信した。(略)そして神は消えた。僕は動転した。(略)

ぼろぼろの状態で家に帰りついた。マリリンはいきなり激しく責め立てはじめた。(略)

トリップのことを話そうとした。あのドラッグは強力だった。恐ろしかった。ぞっとした。動悸がした。頭はもんどりうっていた。(略)僕は怖かった。気づかってほしかった。僕は二度とやらないと誓った。(略)

本当に神を見たんだ。感じたんだ。神だとわかったんだ」、「見てよかったの?」、彼女が尋ねた。「いや、そう、いや。どっちかな」、僕は混乱して口ごもった。「とにかくメチャクチャ怖かった」。マリリンは首をふった。そして、また泣きはじめた。

(略)

マリリンは、LSDが僕を変えてしまったとぐちをこぼし続けていた。(略)彼女は間違っていなかった。(略)

予測できない躁鬱の大きな波が、周期的に僕を襲うようになった。僕は1分間泣いた後、今度は何の理由もなくヒステリックに笑った。甘いデザートを大量に食べ、人付きあいを避けた。

[自分かローレンかどちらかを選べという最後通牒を無視したので、マリリンは家を出ていった]

(略)
ほとんど1か月経過した後、僕は初めてマリリンが僕のもとを去ったという事実に対処する必要を感じた。僕は自分自身に没頭していた。自分だけを気づかい、甘やかしていた。

(略)

 LSDが効きはじめた時、僕は家の向かいの消防署から消防自動車が轟音を立てて出動し、そのサイレンの音がどんどん大きくなって耳に入ってきたことを覚えている。僕は怯えた。(略)

消防士がアパートに押しかけてくる。負傷する。死ぬんだ。(略)

僕はついに炎に包まれた。死ぬんだ、死ぬんだ。そして僕の頭の中のスクリーンはぼやけていった。今度は一定のリズムで、自分が過去にさまよい戻る姿が心に浮かんだ。若くなって小さくなって……。僕はティーンエイジャーの自分を見た、そして子供だった自分を。さらに父の虐待を追体験した。僕は走って隠れたかった。だが動けなかった。僕はどんどん小さくなった。幼児だった。赤ん坊だった。そして僕は子宮に戻った。卵子だった。そして僕は消滅した。僕は存在しなかった。

素敵じゃないか?

僕は父に〈キャロライン・ノー〉をピアノで弾き、聴かせた。僕たちはほとんど接触がなかったが、どういうわけか、僕は父の意見を求め続けた。父はその曲を誉めたが、キーをCからDに代えたらどうだと言った。

(略)

仕事が進行するにつれて、このセッションは、ビーチ・ボーイズとしてではなく、僕1人のソロ・プロジェクトだと考えはじめた。

(略)

マリリンとダイアンに対する相反する感情があった。(略)ダイアンは僕の秘書だった。そしていつも彼女がそばにいることで、僕の彼女に対する気持ちはふくらんでいった。間もなく彼女を愛しているということを彼女に告白した。そしてその後すぐにマリリンに真実を話した。まだダイアンと僕の間には何もなかったし、実際僕の気持ちを彼女に伝えることで、僕の空想を言葉で表したにすぎなかった。

 マリリンと僕の関係は、そのことで緊張した。

(略)

「きのうの彼女、すごくきれいに見えただろ?」、僕がトニーに尋ねた。「誰が?」、彼は驚いた。「ダイアンを見ていたら、ほんと、きれいだったんだ」、「ブライアン、結婚してるじゃないか」、「そうさ」、僕は肩をすくめた。「だけど、彼女のそばに身を横たえて、あの長い髪の中に顔をうずめられたら素敵じゃないか?(Wouldn't It Be Nice)」(略)「僕は恋をするっていう感じに恋してるんだ」(略)女の子の髪が光できらきら輝いていることだけで、その子が好きになれるんだ。感覚なんだ。フィーリングなんだ。僕が欲しいのは、それだけだ」、「だけど、そんな簡単にはいかないよ」、「そうだな。でも、そういうのって素敵じゃないか?」

次回に続く。

ブライアン・ウイルソン自叙伝・その2

前回の続き。 

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

 

ローベル姉妹

ダイアンとマリリンのローベル姉妹(略)

僕は2人とも好きだった。どちらかを選ぶことはできなかった。ダイアンに傾いた次の日にはマリリンのことを考えていた。2~3日して彼女たちが家にきた時、僕はダイアンは本当はデニスが好きで、マリリンの気持ちはカールにあるということがわかった。

(略)

1963年の夏、僕はまだスーパー・スターではなかったが、専門家筋には最も期待される存在になっていた。ビーチ・ボーイズのたった2枚のアルバムが評価され、僕は惜しみない賞賛を受けた。(略)

[一方で]すぐに消えてなくなるだろうと思われていた。僕は息抜きができず、いつもプレッシャーを感じていた。

 15歳のマリリン・ローベルによく心の痛みを打ち明けた。彼女は深い思いやりをもって話を聞いてくれた。(略)

毎日僕がローベル家に行かずにはいられなかった理由(略)

僕は自分の感情を抑えることができず、3人に恋をしていた。まず好きになったのが17歳の長女ダイアンだった。彼女は姉妹の中で一番自分の感情に正直だったし、音楽の趣味も僕と共通していた。末っ子のバーバラは、僕の心の奥の微妙な部分をくすぐったが、まだベイビーで、僕が恋愛感情をもってはいけない相手だった。それでも僕には、人形を抱きしめたいと思うようなやさしいうきうきする感情があった。しかし、結局マリリンになった。僕の無力感を母親のようなやさしさで受け止めてくれたからだ。僕は、母親のようなやさしい心配りが欲しかった。僕はハリウッドの小さなアパートに引っ越したが、相変わらず恐怖と不安を感じる毎日だった。深夜マリリンに電話をかけ、せっぱつまった声でアパートに来て欲しいと訴えた。頼む、お願いだ、頼むよ、と泣き叫び、請い、言いくるめた。君なしではやっていけないんだ、と僕は言った。15歳の彼女は、僕の言葉をすべて信じた。急いで身仕度し、帽子をかぶり、手袋をして、ホンダのスクーターでやってきた。僕は思いやりと理解が欲しかっただけで、セックスに対しては、それほどの執着はなかった。朝まで僕は自分の話をし、マリリンは耳を傾けていた。

フィル・スペクター

 僕は、同じコーラス・グループのフォー・シーズンズの成功が気になっていた。モータウン・レコードも好調だった。そしてフィル・スペクターがいた。

(略)

エゴをくすぐってくれるスタジオねずみもいたが、1人になると無力感におそわれた。(略)

僕は、天に近づいたと思えば思うほど、スペクターに怯えを感じるようになっていた。(略)

彼はヒット曲を作るコツを知っていた。僕は彼の革命的なウォール・オブ・サウンドを畏怖して、彼のシングルはすべて買い、溝がすり切れるまで聴いた。スペクターの非凡な才能に怯え、不安を感じはしたが、同時に僕は、スペクターから影響もされた。そして彼のレコードを聴いた後は、きっと僕もやってみせるぞと思えた。だが、そのためにはまず、スペクターが意のままにできるのと同様のクリエイティブな特権を手に入れなければならなかった。彼は1人でレコード制作のルールを変えた。テクニックに関して言えば、すべての楽器をオーバー・ダビングした。それはサウンドを多彩にし、ふくらみをもたせたが、そうするとプロデューサーの役割が大きくなり、制作過程でのプロデューサーのビジョンが歌唱力よりもはるかに問われるということになるのだった。僕も同じ権限が欲しかった。

〈ビー・マイ・ベイビー〉 

2~3か月ソファーで寝た後、メイが僕に奥の寝室の2台のベッドのひとつを使うよう言ってくれた。マリリンとバーバラがもう1台のベッドで寝ていた。寝室の共有は奇妙な感じだったが、アービングもメイも、僕が一番好きなのはダイアンだと決めてかかっていた。彼女と話しこむことが一番多かったからだろう。心の奥では、かわいくて小さなバーバラに対する気持ちが依然として強くあったが、彼女は幼すぎると絶えず自分に言いきかせていた。そして僕は姉妹の中で一番僕のことを気づかい、嬉々として僕の世話をしてくれるマリリンを選んだ。マリリンには、他の姉妹にはないあたたかさがあった。僕は心を楽にしたくなると彼女を探し求めた。「気にしないで、ベイビー (Don't worry, baby)」、彼女は甘くささやいた。「なにもかもうまくいくんだから」。僕はベッドに寄り添っている2人の女の子を見ると、自制心がなくなって混乱し、とりとめのないことを考えてしまうことが何度となくあった。何を考え、何をすればいいのかが僕にはわからなかった。それでも僕たちの関係はゆっくり進行していった。初めて寝室で2人きりになった時、僕は彼女にもたれ、頬を彼女の頬に寄せた。彼女の頬が紅潮するのを感じた。しばらくして僕とマリリンはキスをしていた。彼女は、僕がそれまで出会った中で一番美しい女の子ではなかったかもしれないが、そういうことはどうでもよかった。マリリンは翼を探し求めているエンジェルだった。その翼は僕なのだ。僕たちは一緒にいる運命なのだ、人より高く飛ぶ運命なのだと自分に言いきかせた。僕にはまだマリリンに対する感情がノーマルな大人の愛なのか、やさしく気づかってほしいという切迫した気持ちなのかわからなかったが、ロマンティックなストーリーを信じるほうが楽だった。ダイアンとバーバラに対する感情を抑えて、僕はわずかな時間もマリリンと過ごすようになり、心の奥にある恐怖感や夢の話を聞かせていた。

 ある午後[ドライヴ中に〈ビー・マイ・ベイビー〉を聴き](略)

僕は「たいへんだ!」と叫んで車を路肩に寄せた。「これはすごいぞ!いままでの最高傑作だ!」。マリリンは僕が何に興奮しているのかわからなかった。歌を聴いている間、僕はすべてを忘れていた。熱心に聴き入り、ただただ驚嘆していた。メロディー・ラインは一定で、しかも3コードが微妙に変化している。僕はハンドルを手で叩きはじめた。とにかく驚異的だった。どうして僕はこういうものをいままで考えつかなかったんだ?

 「何考えてるの?」、曲が終わるとマリリンが尋ねた。「メチャクチャ興奮したんだ。つまり、くそすごい! 僕にはあれはできないよ、あんなすごいことは、絶対できない」。「気にしないで、ベイビー」、彼女は僕の首を撫でて言った、「できるわ。あなただってあれぐらいすごいことできるわよ」。どれくらい勇気づけられたら、僕にもできるという確信に辿りつくことができるのか、僕にはわからなかった。

 だが、それは僕が作曲する前にいつも突破するサイクルの第一段階だった。極端な落ち込み、挑戦を受けなければならないという気持ち、その後その挑戦に打ち勝つことができないかもしれないという恐怖、そして最後にやっと僕を救ってくれるインスピレーションが湧いてくるというのが僕のパターンだった。そして、僕が最高のものと競合できるということを、僕自身も含めたすべての人間に証明したいという願望と完全主義が加わる。

 僕はすぐに〈ビー・マイ・ベイビー〉を10枚買った。そして聴き続けた。すべての音符、サウンドを聴き取り、強烈なビートを吸収した。そしてロジャー・クリスチャンに電話をして、アイデアがあると言った。ある午後、僕の両親の家で僕たちはみずみずしいバラードを合作した。タイトルとコーラスには、マリリンが僕を慰めてくれる時に言う〈ドント・ウォーリー・ベイビー〉をそのまま使った。僕は書き終える前から大成功だと思っていた。

フィル・スペクターのクリスマス

 1963年の秋、僕はフィル・スペクターからゴールド・スターでのあの有名なクリスマス・アルバムのセッションを見にくるよう誘われた。(略)

初めて会ったのはルー・アドラーのオフィスだった。(略)彼は小柄でやせていて、あの無限の広がりを感じさせるウォール・オブ・サウンドから連想していたイメージよりも貧弱だった。びくびくしながら、「あなたは天才だと思います」と僕が言うと、「ありがとう」という返事が返ってきた。僕たちはお互いに相手の目を見なかった。その次に会ったのは[ゴールド・スターのスタジオ](略)

セッションの途中で、スタジオAのドアが突然開いた。僕はびっくりした。最初誰の姿も見えなかったが、頭が少しだけ見えた。黒い髪、サングラス、頬がこけた顔、そして真剣な表情、スペクターだった。「全部聴かせてもらったよ」、彼は含み笑いをしながら言った。そして僕の視界からさっと消え、ドアがバタンとしまった。彼が僕に心理ゲームをしかけていたのなら、彼の勝ちだった。僕は狼狽して、その言葉の意味を考え続けた。

 2~3日して、僕は彼がレコーディングしているスタジオAをそっと覗いた。そこには僕が見たこともないほど大勢のミュージシャンが一堂に会していた。(略)

[彼は]僕を見て急に立ち止まった。「ブライアンか?」(略)

「〈ビー・マイ・ベイビー〉は最高傑作だと思います」、僕は出し抜けに言った。彼はちらっと笑って、何も言わずドアに向かって歩いて行った。そしてまるで考え直したかのように通路で立ち止まり、ふり返って僕を見た。そして「〈ゼン・ヒー・キスト・ミー〉のほうがいいと思うよ」と言って立ち去った。

 そのスペクターが、名高いクリスマス・アルバムのセッションを見にくるよう僕を誘った。この不思議な招待をどう受け止めればいいのかわからなかったが、とにかく行くことにした。(略)

スペクターの両横にシンガーのダーレン・ラブとロニー・スペクターがいた。

(略)

その曲のファースト・テイクは彼も気に入らなかった。そして僕のほうに近づいてきて、わかるだろうというふうに僕を見た。「ブライアン」、彼は組んだ手を顎にあてがって言った、「そこのピアノに行かないか?」、「いいえ、見てるだけでいいんです」。スペクターの表情がこわ張った。彼の言葉に従わない者はいないんだと僕は感じた。ピアノを弾いていたレオン・ラッセルが、コーヒーをひと口飲んでじっと僕を見た。僕は注目されたくなかった。「私が言ったように」、スペクターがくり返した。「ピアノに行って、この曲のコードが読めるかどうか確かめないか?」、僕は従った。だが、楽譜は苦手だった。

 すぐに僕の弱点は暴露されてしまった。4度目のテイクの後、スペクターは僕にやめさせた。まあ、またこの次だと彼は言った。いやな気がするというよりもほっとした。僕は演奏せずに、ただ見ていたかった。だから夜遅くまでスペクターの仕事ぶりを見ていた。そして彼が僕同様、完璧なサウンドに100%こだわっているということに気づいた。その時は気づかず、何年もたってわかったことだが、もうひとつ僕たちには類似点があった。それは、彼の一風変わった個性が、レコードを制作する上では最高の手段となり、だからこそ彼が思いのままに人をあやつることができるという事実だった。彼は世間に追従しなかった。世間が彼になびいてきた。僕のように、スペクターも自分の力に限界を感じた時、音楽界から身を引いたのだ。

 1963年秋になって、ビーチ・ボーイズを支えるために、僕はクリエイティブな崖っぷちにたった1人で立っているような気がしていた。

(略)

僕は最高の栄誉を得るチャンスを思い描いていた。だが、それを得るためには有刺鉄線と地雷が埋まった暗い道をくぐり抜けていかなければならなかった。僕の頭には突き進むことしかなかった。(略)

僕は人と競合するために、自分の精神状態を安定させるために、できる限りのことをした。厳しいことだった。
 僕は恐怖と、渦を巻いた期待と戦った。キャピトルからの要求は絶え間なく続き、息抜きができなかった。夜眠っている時、頭の中に声が聞こえはじめた。理解できない悲鳴のような気がした。大きなぞっとする悲鳴が幽霊屋敷の悪霊みたいに僕の前を通りすぎた。(略)

僕の精神状態を安定させるただひとつの手段は、仕事をすることだった。

(略)

「だけど、気が狂ったらどうしよう?」、僕はマリリンに尋ねた。彼女は笑って僕を寝室に連れていき、仮眠するよう言った。「気なんて狂わないわよ」、彼女が言った。バーバラが入ってきて、マリリンの横からベッド・カバーをかけた。僕は彼女にほほえんだ。彼女はとてもキュートだった。僕は彼女に、頬にキスしてほしいと頼んだ。彼女はキスし、くすくす笑った。これで気分がよくなるよとバーバラには言ったが、彼女のキスで僕の頭はさらに混乱していた。僕はマリリンを愛していた。しかし、バーバラも、ダイアンも愛していた。どれだけ自問しても答は出てこなかった。

(略)

オーストラリアへ初めての海外ツアーに出た。(略)

[ニュージーランドビートルズ旋風を知り]その曲を聴かせてくれるラジオ局を見つけて、駆けつけた。(略)

デニスが言った。「一時的な現象だと思うよ」、アルが曲を聴いた後、付け加えた。「軽い感じだ」、「そうだ、曲はほんとにシンプルだ」、僕が言った。ほんとにシンプルだ。だけど、おもしろい。何かがあるんだ、ビートルズには……。

僕の頭の中には、いつも

ファイナル・バージョンのサウンドが鳴っていた

 それは、22歳の男の行動ではなかった。僕が考えることには脈絡がなかった。会話の途中で、よくぼんやりした。物の数を数えた。床のタイル、天井のしみや皿の豆の数といった、どうでもいいことの細部が気になった。たいした理由もなく泣いた。そして大笑いをした。人との自然な接しかたがわからなくなっていた。だから、相手がこう期待していると僕なりに感じるままに反応し、つくろおうとした。そして自分自身を安易に正当化した。

(略)

 5月初旬、スペクターがウエスタン・スタジオにいる僕に電話をかけてきた。僕は 〈ドント・ハート・マイ・リトル・シスター〉のデモ・テープを彼に渡していた。その曲は、僕が特にスペクターとダーレン・ラブのために作ったものだった。(略)

その夜、彼を訪ねた。僕を迎えたスペクターはパンツ1枚だけで、シャツは着ていなかった。僕たちの会話は友人同士という雰囲気だったが、どこか不自然な感じもあった。

 僕たちはエゴが強すぎた。(略)スペクターは僕と同様、彼なりに屈折していた。僕の精神状態をおびやかしているプレッシャーを彼に言った場合、どう反応するかは見当がつかなかった。(略)

だから僕はスペクターと、僕が理解し、気楽に話せるおそらくたったひとつのこと、音楽の話をした。(略)

最新シングル、〈アイ・ゲット・アラウンド〉[の感想を聞くと](略)

「口では言えないぐらいいいんじゃないか」、彼が言った。

 「ちょっとピアノを弾かないか?」、スペクターはスイート・ルームの中央にある小型のグランド・ピアノを身振りで示した。僕はピアノの前に座った。スペクターは僕のそばに椅子を引き寄せ、〈ドント・ハート・マイ・リトル・シスター〉を弾くよう指示した。そして彼は数か所の修正を示唆した。僕は言われたとおりに弾き続けた。そして15分後、彼は椅子から立ち上がり、僕の後ろにきて、「それだ。そのリフを弾き続けるんだ。やめるな」と言って歌いはじめた。15分ぐらい彼が歌い、僕は弾きつづけた。「それでいいんだ。その曲のアレンジをしよう。ではスタジオで会おう」。そうしてスペクターはドアをばたんと閉めて寝室に消えた。さよなら、ありがとうという言葉さえなかった。僕はいったい何だったんだろうと思いながら外に出た。

 数日後、僕はセッションの通知を受け、ゴールド・スターに出向いた。スペクターが全テイクにこだわっている半日の間、僕はボーカル・ブースに立っているダーレン・ラブを見ていた。彼に言われて、僕はワン・テイクだけピアノを弾いた。だが、彼は気に入らなかった。どのテイクも彼は気に入らなかった。そして突然、電話をかけるために出ていった。相手はニューヨークの精神科医だった。彼はジェスチャーをまじえて、わめいていた。10分ぐらいして電話を切り、スタジオから出ていった。すぐに彼のアシスタントが、セッションは終わりだと告げた。それで終わりだった!

(略)

 1964年7月初旬、アルバム『オール・サマーロング』がリリースされた。僕はついにビーチ・ボーイズが、スペクターやビートルズに負けないLPを出したと感じた。

次回に続く。

ブライアン・ウイルソン自叙伝 ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

ブライアン・ウイルソン自叙伝―ビーチボーイズ光と影

 

 (正しい表紙?アマゾンの表紙が間違っている模様)

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僕がクビだって?

僕は、新聞の一面に躍る大きな見出しを思い浮かべていた。“ビーチ・ボーイズの天才、ブライアン・ウイルソン、グループを解雇さる!”

(略)

ビーチ・ボーイズのメンバーは大きな会議用テーブルを囲んで座り、僕の反応を見つめていた。僕は手渡された書状を何度か読み、メンバーたちの顔をちらっと見た。(略)

書状にあった“終了”と同時に“即実行”という言葉が、感傷的な僕の頭の中で反響していた。(略)

「この僕が、僕が解雇されるのか?話というのはこのことなのか?」、僕は尋ねた。「そうだ」、マイクが冷たく言った。解雇だって──この僕が! 「ビーチ・ボーイズを創ったのは僕じゃなかったのか!」。

(略)

当時の僕は、麻薬に酔ったゾンビ、ドラッグ・トリップを繰り返す不幸な60年代を引きずったままの麻薬常習者だった。

(略)

「グループを辞めた場合、どうするんだ?僕はどうやって生活するんだ?」。「それはオレたちには関係ない」、マイクが言いきった。(略)

「いいかい、ブライアン、手短かに言うと、君は取り分をメチャクチャ使い果たしているんだ。君はまったくメチャクチャな状態だ。(略)

もうつまらん曲すら歌えない。自分の曲を弾くことさえできない。ステージにだって90%、出てこないじゃないか」。(略)

「なにもかも嫉妬だろ、違うか?いい曲が書けないから嫉妬してるんだろ?」。「黙れ、ブライアン!」、マイクが答えた。「君はゆっくり自殺しようとしているんだぞ。オレたちがそんなことに金を払うと思うか?」。

(略)

[ユージン・ランディの治療を受けろと要求され]

彼の1日24時間の集中治療は、僕にとって精神の健全さという意味で、軍隊の新兵訓練所と同義語だった。またランディに診てもらったら、どうなるかわかっていた。僕はそれがとても怖かった。ランディはドラッグを取りあげ、社会生活と対峙するよう強いるだろう。僕はもうそういうことはしたくなかった。

 「どうだ」、マイクが言った。「ランディに診てもらったら、金は入る。それが取引だ」。取引なんかくそくらえ!

(略)

怒りを表しながらオフィスを飛び出した。ビーチ・ボーイズなんか、金と一緒にくたばっちまえ!」

もう曲が書けない 

ピアノを弾いていると、涙が出た。プレイは衰えていなかったが、もう曲が書けないことがわかった。それが、ものすごく悲しかったし、辛かった。金のないのは一目瞭然だったが、キャロリンが生活レベルを変えないと決心しているのは明白だった。僕は何も言わなかった。

(略)

 拒否の姿勢で五里霧中の日々を送っていた僕の前に、突然、ミーティングに出席しなかったたった1人のビーチ・ボーイが現れた。デニスだ。短気でちゃめっ気があって、僕のものは何でも持っていってしまう麻薬中毒の弟が、酔っぱらって無一文で、しかも寝る場所に困り果ててやってきた。

(略)

デニスはいつもコカインを買う金が欲しくてやってきたが、今夜は珍しいことにポケットの中に1グラム持っていた。(略)

最初の快感がうすれはじめる前に、僕たちは同じことを考えながら顔を見合わせた。もっとだ、もっとコカインが欲しい。

(略)

彼は家の中を探しはじめていた。(略)「わかってるんだ、ブライアン。いつもどこかに印税の小切手を投げ出してるじゃないか」。そのとおりだった。(略)しかしデニスは、探し出すことができなかった。(略)

[ようやく、ブライアンのバスローブから千ドルの小切手を見つけ、10グラム持って帰ると約束し出ていったが]その日デニスは戻ってこなかった。

父の暴力 

 父は絶対に子供を作るべきじゃなかったと、僕は思っている。(略)

父は自分のことを、子供達を厳しくしつけている、やさしい父親だと思っていたが、僕達を精神的にも肉体的にも虐待し、決して瘉えない傷を残した。(略)

 父は、僕が精神障害者になる素因を植えつけた。父は言葉とは裏腹に、自分自身を嫌悪し、世間に対し憤慨し、その憤りを家族のせいにしたと僕は理解している。

(略)

僕は常々、両親が僕の誕生を喜んだかどうか疑問に感じている。僕のその後の人生が悲惨なものになって以来ずっと、僕は生まれてすぐに見放されたと思っている。(略)

父は父親になると思うとぞっとし、怖かったと言ったことがある。父は絶えず、僕を怒鳴っていた。これが僕の父に対する最初の記憶だ。

 父は幼児の僕を、アパートの外のコンクリートの歩道に投げ捨てたことさえある。(略)
僕はよちよち歩きの幼児の頃から物怖じする子だったらしい。もう少し厳密に言えば、戦闘神経症だったと言える。父の厳しい攻撃は容赦なく、絶えず怒りが爆発した。僕たちの狭苦しいアパートでは、逃げる場所もなかった。(略)

[小学校入学時]にはすでに神経質で、ひどく敏感で内向的な、何に対しても怯える子供になっていた。僕は誰もが僕に向かって怒鳴るんじゃないかと怯えていた。

(略)

とにかく僕は、黙っているほうがうんと楽だと早くに結論を出していた。その結果、かなり損もしたが、僕はすでにあることに夢中になっていた。音楽だ。(略)

耳に障害があったにもかかわらず、バックにかすかに流れているメロディーさえも聴き取ることができたのを覚えている。僕は物心がついた頃から、神秘的なすばらしい音楽に周波数を合わせることができた。それは僕の天賦の才能だった。

父の曲が流れた日 

父のソング・ライターとしてのキャリアは、僕が10歳の時がピークだった。バチェラーズという、まあ名の知られたグループがアルバムに父の曲〈トゥ・ステップ・サイド・ステップ〉を吹き込んだ。(略)「レコード会社のペテン師がもっと宣伝したら大ヒットするんだがな」と父はくり返し言っていた。(略)全米が熱狂すると確信し、それに合わせたサイド・ステップのシャッフル・ダンスまで考えた。

(略)

父はレコード会社からの電話で、ラジオの生中継でローレンス・ウェルクがその曲を歌うということを知らされて狂喜した。それは、いままで見たこともないような喜びようだった。(略)
そして、その夜が来た。「これがどういうことなのかわかるか、オードリー?」、父は答えを待たずに言った。「世界に公表されるんだ。道が開けるんだ。チャンスが来たんだ。誰もがマリー・ウイルソンという名前を知るんだ」。(略)
その晩、家族全員がラジオのまわりに集まった。興奮で騒然としていた。

(略)

「さあ、1曲いってみよう」、ウェルクが言った。「才能あるカリフォルニアン、マリー・ウイルソンの曲(略)

「とうさん、本当にやってるよ!」、僕が叫んだ。「信じられない」、父も信じられなかったのだ。父は感きわまって泣いた。眼鏡をはずし、ハンカチで涙を拭いてこらえようとしていたが、だめだった。狂暴な男がおいおい泣くのを見ているのは不思議な気持ちだった。(略)

僕も夢を見ているようだった。ごくあたりまえのピアノで父が書いた曲、僕が何度といわず歌っていた曲がラジオから流れ、数え切れない人々が喜んでそれを聴いている。

(略)

 しかし、あの夜のような楽しいことはあまりなかった。ある日、僕は裏庭に立たされていた。9歳だった。何もできず、悲鳴をあげて泣いていた。「痛っ。やめて、お願いだから。痛い!」。それは夢ではなく、現実だった。僕はやせた小さな体を必死に守ろうと、体を折りまげ、胎児のような格好で地面に倒れていた。父は僕を立たせて、割れた角材で僕の背中や腹を殴打していた。

(略)

父は楽しい曲、シンプルでわかりやすい心なごませるメロディーを書いた。曲から受ける印象は、穏やかな性格の、すてきで愉快な紳士という感じだった。父の心の奥には、ほんのわずかだがそういう一面があったとは思う。だが僕たちは、父のそういった一面をピアノに向かっている時だけしか見ることはできなかった。普段はとても危険な、いつ爆発するかわからない地雷のようなものだった。今日は大丈夫だなと思っていると、突然何の前ぶれもなくドカーンときたものだ。
 ある晩父は、台所に家族全員を集めた。(略)父は素っ裸でテーブルの上に立って、ターザンのように胸を叩いていた。「オレがこの家族のキングだ」、父はわめいた。「オレがくそキングなんだ!わかるか?」。

僕の作曲法

 僕の作曲法は、最初からあまり変わっていない。まずコードを弾き、一連のブギウギで始まる、おもしろくて覚えやすいリズムを探す。音楽が時空を超越し、忘我の状態で、論理的に思考する左の大脳が作動しなくなるまで弾きつづける。そういう恍惚感を誘導するリズムの中から、ノートが少しずつ現れる。そして希薄な空気から飛び出すようにメロディーが少しずつ見えてくる。しかし、そういったものをキャッチできるのは、僕がラッキーな場合に限る。

 マイクは、この生まれたばかりのバンドを、当時流行していたペンデルトーンズのシャツからとって、ザ・ペンデルトーンズと命名した。

オリジナル曲

父は、ハイト・モーガンと彼の妻ドリンダに、ペンデルトーンズを会わせる手はずを整えた。僕の両親の知人、モーガン夫妻はハリウッドでスタジオ・マスターズという小さな会社でレーベルをいくつか興していた。それに父の曲〈トゥ・ステップ・サイド・ステップ〉のパブリシャーでもあった。(略)

[演奏を聴いた夫妻は、悪くはないが、オリジナル曲とかはないのかと訊ねてきた]

デニスが突然口を開いた。びっくりした。「僕たちにはオリジナルがあります、〈サーフィン〉という曲です」と言い出したのだ。デニスにはこういう度胸があった。僕はその曲を書いてはいたが、まだ完成していなかった。(略)

僕は海が嫌いだった。あの茫漠とした広がりと力強さを前にすると、ただ怖れを感じるだけだった。

 デニスはみんながサーフィンに夢中になっていると言い、彼自身のサーフィンの離れ業、ボードのワックス法、女の子、特に男がサーフィンするのを大挙して見にやってくる女の子たちの話をした。サーフ・ギタリスト、ディック・デイルについても触れた。彼の熱意がモーガン夫妻を動かし、ハイトがその曲を聴きたいと言い出した。

(略)

僕は“サーフィン、サーフィン、サーフィン”と歌いながら、即興でピアノを弾きはじめた。ひどくつまらない感じだった。だが、その時マイクが“バ・バ・ディピティ・ディピティ・バ・バ”と歌いだした。彼は以前何度となく歌ったベース・サウンドから新しい音を探そうとしていた。そしてどういうわけか、彼が歌ったその瞬間、僕はコードをいくつかポンポンと弾き、彼の歌に伴奏をつけていた。そして彼は、僕の歌った単調な“サーフィン、サーフィン”の一節を続けた。「もう一度」、僕が言った。20秒後、僕はビーチ・ボーイズの最初のヒットになる曲のオープニングを作っていた。2~3時間後には曲は完成し、〈サーフィン〉というタイトルをつけた。

(略)

[両親がメキシコに休暇に行っている間に、機材をレンタル]

僕たちは奮い立って3日間、ほとんど寝ずに新曲〈サーフィン〉のリハーサルを繰り返した。(略)

[休暇から戻り散乱した機材を見た父は]顔が怒りで真っ赤になった。(略)

「これはどういうことだ?」、「楽器をレンタルしたんだ」。父は一発のミスもなく僕を殴り、じゃがいも袋みたいに壁に投げつけた。壁に打ちつけられるたびに鈍いゴツンという音がした。(略)

「どこでオレに逆らうことを覚えたんだ?」、「ごめんなさい」、僕はうつむき、床を見ていた。「僕が考えたことなんだ。ごめんなさい」、「ごめんなさいだと、くそったれが」、「僕はただサウンドを完璧に仕上げたかったんだ。

〈サーファー・ガール〉

僕のガールフレンド、ジュディ・ボウルズが、〈サーファー・ガール〉のブロンドのモデルだと言われている。ブロンドでブルーの瞳という点ではたしかにそうだが、その説は間違っている。〈サーファー・ガール〉にモデルなんていなかった。僕はある午後、ホーソーンをドライブしている時にあの曲を作った。メロディーが突然ひらめいた。はっきりと、レコードのサウンドとほとんど同じくらいに完全に。急いで家に帰り、ピアノで仕上げた。曲は、すでに僕の頭の中で完成していた。それをピアノで表現しただけだった。僕は本当に作曲の才能があるんだと思った。

父との対立 

[父と僕は]2人とも、グループを成功に導いたのは自分だと思っていた。(略)当時の僕は、自信過剰で自己中心的になっていた。だが父は、自分のバックアップこそがビーチ・ボーイズを成功させたのだと考えたがった。そして、自分の名前をできる限りクレジットしはじめた。僕たちの対立の一番の要因は、ゲイリー・アッシャーだった。父は彼が嫌いだった。ゲイリーと僕の合作が増えるにつれて、父のゲイリーに対する嫌悪も増大していった。

(略)

ゲイリーは父の作詞作曲に関する時代遅れの意見を聞き、疑問を感じながらも父の横暴な監督ぶりを見ていた。ある時ゲイリーが僕に言った、「彼をぶん殴るんだ。あのくそったれをぶん殴れよ」。僕たちには、父が僕たちのソング・ライターとして得た成功を嫉妬していることがわかっていた。ゲイリーは夜には家に帰ることができたが、僕はその後も父のたわごとを我慢しなければならなかった。

(略)

[ある晩ピアノを弾いていると]

「ブライアン、コードが違うぞ!」、父が寝室から叫んだ。(略)

僕は父の言葉を無視して弾き続けた。(略)

[そばにやってきて罵倒し始めた父に「くそったれだ!」と言い返すと]

父はショックを受けたようだった。何も言わなかった。

(略)

 僕の感情が爆発しそうになった出来事の少し後、父はゲイリーと僕にサーフィンや女の子のかわりに、愛、きれいな花、青空といった永遠のテーマをとりあげるべきだと言って介入してきた。父には、僕たちが僕たちなりの方法で愛や青空を表現しているということが理解できなかった。「かわいい笑み? キス? 青春?」、ゲイリーが馬鹿にした口調で言った。父は嫌悪をむきだしにしてゲイリーを見すえた。ゲイリーを徹底的にやっつけたがっているようだった。僕はピアノを弾いていた。その時、ゲイリーは、僕が考えているだけで口に出す勇気のなかったことを口にしていた、「そんな時代じゃないんだ」、ゲイリーが続けた。「なにがヒップなのかってことがわかっちゃいないんだ」。「黙れ」、父が言った。「もしおまえがわずかでも自分のことをわかっているつもりでいるのなら、アインシュタインは失業するだろうな」。それでもゲイリーは、父が怒り狂うまで非難し続けた。

(略)

[遂に家を出ることに]

僕が車を走らせようとすると、驚いたことに父が道のど真ん中に立って、泣きながら手を振っていた。(略)僕は、父のそういう部分を見たことが
なかった。長男が家を出ていく光景が、父には耐えられなかったのだろう。僕はひどく混乱した。すぐに殴る父が、いまは泣いている。そんな困った男だった。

次回に続く。

 

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